(写真:スタート地点の都庁前を多くのランナーが駆け抜けた)

 街が国際都市になり、皆の笑顔が輝いていた。

 世界から人が集まり、マラソンが人や街を変えていく。このイベントはただの市民スポーツイベントではない。大都市マラソンには特別な力がある。

 

 4年ぶりに3万8000人の参加者、EXPO開催、応援規制なしというフルスペック開催となった東京マラソン2023。まだ国内にはコロナの影響を心配する声も少なくなく、昨年から復活してきた各地のマラソン大会が参加者募集に苦戦する中、この規模で開催を実行したのは、さすがは東京、やはり東京である。“いや、東京だからできた”という声もあるが、その決断と対応は簡単な道のりではなかったはずだ。

 

 ただでさえ国内では高めに設定されているエントリー料に、検査費用が加わり2万3300円となった。海外からの参加者は2万5300円。海外の都市マラソンでは一般的ではあるが、国内のマラソンとしては相当高額になってしまった。また、検査確認などで、スマホをスタート地点に持って行く必要あり、走っているあいだも持たなければならないなど、従来の常識から考えると、クレームの嵐になりそうなルールも作らざるを得なかった。それでも、この状況で3万8000人の大会をやるという決意はぶれなかった。

 

 東京マラソン前日、いつものように早朝に皇居へ走りに行った。早朝の皇居は人も少なく走りやすいので、個人的にはこの時間が気に入っている。“いや、今日はなんだか雰囲気が違うぞ!”と思ったらとにかく外国人ランナーが多い。明らかに日本人よりも外国の方が多く、聞こえてくる言語も多種多様。着ているシャツも世界各国の大会シャツで、ここが日本なのかどうか、まるでハイドパークかセントラルパークのように感じに。あちこちで記念撮影をしたり、集まってしゃべっていたりと華やかな雰囲気になっていた。それにつられて、いつも走っている日本人もちょっと刺激を受けたりして。なんだか面白い状況だった。

 

 ちなみにレース後も銀座や新宿で、多くの外国人ランナーが東京観光を楽しんでいる姿を見ることができた。どうしてランナーだと分かるのかって? それはランナー同志なら雰囲気や持ち物で分かるんだな(笑)。とにかく、街がアクティブな人々に溢れ、ちょっと風景が変わっていた。

 

 今年は外国人参加者が1万2000人と参加者の約1/3を占め、いつもより多いということもあるだろう。当然帯同者もいるが、それを考えても1つの大会で4万人程度集結するだけで街というのは、こうも様変わりすることがよく分かった。

 

 予想以上の経済効果も

 

(写真:街がマラソンに染まった一日)

 大会当日、私はフィニッシュ数十m手前で、ランナーたちに声援を送っていた。すると目の前で動けなくなった日本人男性ランナーがいた。足が限界で、ちょうど僕たちの前でフェンスをつかんで立ち尽くしている。すると、アングロサクソン系のランナーが「Go with me!」と声をかける。驚き戸惑っていた男性ランナーの脇を抱え、2人でフィニッシュに向かう。フィニッシュ後にがっちりと握手をしているのを遠くから眺めながら、僕は聞こえるはずのない拍手を2人に送った。きっと言葉は通じていない。でも、共にここまで走ってきた同志として言葉などいらなかったのだろう。いや「ランニング」という共通言語があったのか。なんだかこちらまで嬉しくなった。

 

 これ以外にも、会場では国内外のランナーがお互いをたたえあい、コミュニケーションする姿があちこちで見られた。「スポーツは言語だ」というけれど、まさにそれを体現するような景色がそこにはあった。同じ価値観を持ち、同じように苦しんできた者同士にしか分からないものがある。

 

 

 レース前の3日間、開催されたEXPO会場も多くの人で混み合っていた。そして記念品が2日目にして、ほとんど売れ切れている。「見込みを誤った?」と、少し意地悪な質問を知人の関係者に聞いてみたら、「初日に来た外国選手がごっそり買っていかれたんですよ~」と笑う。この後に来る人には申し訳ないけど、売る方にとっては嬉しい悲鳴だろう。ちなみにいくつかのメーカーブースを回っても、「高額商品は、日本人は買わないが海外の方が買ってくれて助かった」という声があちこちで聞かれた。やはりインフレの関係で安い日本、さらに日本に来たという解放感もあり、財布のひもも緩んだということかもしれない。

 

 実は皇居周辺、汐留付近の高級ホテルには多くの外国人ランナーが宿泊していた。あらためてインバウンドパワーを感じでいたのだが、参加者の皆さんと話していて少し理解できたことがある。東京はアボットワールドマラソンメジャーズの6大会の1つでもある。6大会すべて完走した人にだけもらえるメダルがあり、それを目指して参戦しているランナーが多い。そのような方々は当然ボストン、ニューヨーク、シカゴ、ロンドン、ベルリンと6大都市のマラソンを回っている。ご存じの通り、世界の大都市はインフレで物価は高騰しており、そんな大都市を回るというのは、そもそもお金がなければできるはずもない。そんな比較的裕福な人たちが訪問してくれことで、予想以上に経済効果があったようだ。

 

 外国選手が多く訪れたことで、大会や街の雰囲気に彩りが加わり、経済効果もアップした。こんなにも効果があるのかと、あらためて気づかされた。今後、外国人参加者を増やすと、日本人参加者数が減るので嫌がられるのだが、このマラソンの波及効果を考えるとその方がいいのではないかとも思う。

 

 マラソン後、各地のマラソン関係者から「東京がきちんとやってくれてよかった」「これで国内の雰囲気が変わっていきます」という声が聞かれた。まだ通常モードに戻らない国内マラソンシーンも、今回の東京マラソンをきっかけにエンジンがかかるかもしれない。

 国内のマラソンを変え、街の雰囲気を変え、都市の国際的プレゼンスを向上させ、人々に元気を与えてくれるマラソン大会。あらためて、その可能性に感心させられたマラソンウィーク。さあ、来年は走らせてもらえるかな!?

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ


◎バックナンバーはこちらから