第150回 WBCに力をもらった。まだまだやるぞ、パラスポーツイベント!
WBC優勝後、野球日本代表の栗山英樹監督のコメントの中に「日本の子どもたちがかっこいいと思って、野球をやりたいと思ってくれるはずだし、それがうれしい」(「NHK NEWS WEB」2023年3月27日配信)
というものがありました。
2015年ラグビーW杯イングランド大会で日本代表が南アフリカに勝利を収めた時、ラグビーを始める子どもたちが増えたと聞きました。スポーツイベントの影響力はとても大きいです。
私たちが開催した車椅子バスケットボールの体験会では、こんなことがありました。
講師はパラリンピック4大会連続出場中で、東京パラリンピック銀メダリストの宮島徹也さん。体験会に参加したある小学生は、日常車椅子を使用していて、この日が初めてのバスケ体験でした。その少年はとにかく夢中でプレーしていました。楽しくてしょうがないといった様子。体験会が終了しても、バスケ用の車椅子から離れようとしません。一緒にいた母親に、「バスケがしたい」「車椅子がほしい」とおねだりをしていました。
その親子に声をかけると、質問攻めに遭いました。
「どこで売っていますか?」
「値段はどのくらい?」
「どこに行ったらできる?」
「小学生でも大丈夫?」
「チームに入れる?」
なんと途中から宮島さんが会話に合流してくださると、興奮が高まり質問は止まりません。
「何年やっているんですか?」
「週何回、練習するんですか?」
「どうしたら上手くなれますか?」
宮島さんは一つひとつ丁寧に答えてくださいました。そして最後の質問。
「パラリンピック選手になれるかな?」
すると宮島さんは、少年の頭をぐるぐると撫で、満面の笑みで「なれるよ」と一言。少年は顔を真っ赤にし、くしゃくしゃの笑顔になりました。私がその親子の近所にあるチームを紹介すると、1カ月後にお母さまからご連絡をいただきました。「息子が元気に練習に通い始めた。これまでと何もかもが変わりました。バスケを始めただけなのに、こんなに彼の全部が変わるなんて」と。
またある日のことです。
STANDで制作したパラスポーツの競技シーン映像を、イベント会場で展示しました。モニターの前に立ち止まって、それをジーッと見ている女性がいたのです。何巡も繰り返し観ていらっしゃって、なかなかモニターの前から動きません。その女性からこう声を掛けられました。
「この映像を譲ってもらえませんか? 費用はお支払いします。この映像をどうしても息子に観せたいんです。息子は日常車椅子に乗っていて、普通の小学校に通う3年生。何があったのか、1年前から不登校になり引きこもってしまったのです。特に息子にスポーツをやらせたい、というわけではないんです。でもこの映像を観たら、きっと、いえ、“絶対どこかに行きたい”“何かしたい”と言うと思うんです。“何か食べたい”でもいいんです。私はどこにだって連れていきます。やりたいことができたら、なんだってやってもらう。とにかくこれを観たら、何か言うと思うんです」
女性の熱量はすごく、溢れ出る想いで鬼気迫るものがありました。この映像は、ウェブサイトで観ることができると、URLをお伝えしました。
今回のWBCを見ていたら、こんな記憶が蘇ってきました。
たった一人の子どもが、もしかしたら何かを始めたり、もしかしたら挑戦したりするかもしれない。その想いは私たちが20年続けてきたパラスポーツイベントの原動力のひとつです。
もちろん、WBCやW杯とは、目にする子どもの数もイベントとしての規模も何もかも違います。でも私は、試合を観ていて図々しくも思ったのです。私たちにも、まだまだやれることがあると。たった一人の子どもでも、もしかしたら一人もいなくても、そんなことを気にかけている場合ではないじゃないか。また前のめりな気持ちがグッと湧いてきました。WBC、本当にありがとう。
<伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>