(写真:自分に向き合いながら走る時間が大切)

 マラソンやトライアスロンなど、エンデュランススポーツをやっていると、「もはや苦行ですね」と言われることが少なくない。自ら進んで苦しいことをやるなんて修行や苦行でしかないという意味合いだろう。

 

 確かに普通は、楽しいこと、快適なことにお金を払う。苦しむことにわざわざお金を払うのは理解しがたい行為なのかもしれない。人はその楽しみや快適性の多寡に合わせ、払う金額の適正を決めているのだから。

 

 近年、マラソンなどのエントリーフィーも高くなり、シューズも高くなっている。

 マラソンエントリーフィーは、6~8千円程度、高いもので1万円というのが10年前までの相場だった。ところが今では1万円が基準で、高い大会は3万円近くするのも珍しくない。シューズも1万円くらいが普通で、1万円後半となると、“高いなぁ”という感覚だったが、いまや1万円後半が普通、3万円近くするものも売れているという。つまり苦しむためのコストは上昇しているのかもしれない。

 では、何のために走るのか。
 確かに頑張って走ると苦しい。40年間走っている私でも、レースでは苦しむことになる。

 恐らく走っていない人が想像するランニングは、このイメージが強いのではないだろうか。たしかに、これだけがランニングだとすると、かなり我慢が強いられる行為である。

 

 それでも、人は走る。食べ物を得るためでなく、自分の意志で走る動物は珍しい。

 

 でも、私自身のランニングは通常、苦しいものではない。

 朝起きて、水だけ飲んで走り出すというのが私のルーティンだが、走り始めはゆっくりと、カラダの声に耳を傾ける。動くようになってくると、気持ち良くペースを変えていく。カラダを鍛えるというイメージではなく、カラダを整えていくイメージ。そして、頭の中を整理する時間だ。人が社会で生きていれば、仕事やプライベートで様々なことがあるのは当然。私にとってのランニングは、それをゆっくりと考え、整理する時間となっている。なので、1人で走ることが多いし、音楽を聴くこともない。話し相手は自分自身なのだ。

 

 そんなランニングなので、苦しいなんてことはなく、むしろ心もカラダもスッキリさせて1日に臨む大切な時間となっている。逆にこういう時間を持っていない人はどうやって切り替えているのかなと心配になってしまうほどだ!?

 

 人生のスパイス

 

 子どもを通して知り合った今年60歳の歯科医の男性がいる。

 彼は私の誘いで、十数年ほど前からトライアスロンを始めた。学生時代はラグビーをやっていたが、卒業以降はスポーツとは無縁。しかし、僕に騙されてトライアスロンに取り組むことに……。プールに通い、ランニングを始め、初出場したレースは最下位で終えたものの、なんとかフィニッシュできた。そこから彼の人生にトレーニングというものが加わった。

 

 と言っても、イベントは年間1回のトライアスロンと、1回のサイクリングイベントのみ。でも、週に4回は何らかのトレーニングを30~60分程度行っている。「最初はレースがあるという強迫観念で始めたのですが、いまでは、仕事後に泳いだり走ったりするとスッキリするし、よく寝られるのでやることが当たり前になりました」。そう言いながらビールを美味しそうに飲む。

 

「僕は頑張らないように頑張るのがモットーなので、無理はしません。でも、年1回でもこのスポーツをやっているだけで、いつもカラダのことを考えられる自分がいる。そう、スポーツは僕にとって生活のスパイスなんです」。確かにトライアスロンを始める前の40代から今に至るまで体形は変わらないし、見た目も全く還暦には見えない。ただ、彼の目標に体形や見た目などはなく、快適な生活のためのスパイスとしてスポーツがあるという。

 

 こうして振り返ると、「エンデュランススポーツ=苦しい」という考え方とはあまり合致していない。もちろん勝負を争うシーンでは、時に苦しむこともあろうが、通常の楽しみ方は、生活を豊かにするため、人生のスパイスとしての位置付けが主である。

 

 だとするならば、修行というならともかく、少なくとも苦行ではない。
 人生を豊かにするために、心とカラダに向き合い、人生の指針をつくる。

 苦行と思っている時点で、その方の取組み自体が間違っているのだろう。そこを修正しない限り、本当の魅力にたどり着くことはできない。

 ただ、修行という認識には同意するところもあり、このあたりは次回以降でお話したい。

 

 さて、あなたにとってランニングやトライアスロンは苦行だろうか?

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

17shiratoPF スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

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