サウジアラビアがアルゼンチンを食った。日本がドイツとスペインを倒した。これぞ「番狂わせ」。もともとは「番付が下の力士が上位に勝つ」というところから来た言葉らしい。

 

 日本語の「番狂わせ」にせよ、英語の「巨人殺し(ジャイアントキリング)」にせよ、共通しているのは「勝ったのは弱者だった」と認定しているところである。

 

 だとすると、いま地球の反対側、アルゼンチンで行われているU-20W杯で頻発しているのは番狂わせでも巨人殺しでもない。ウズベキスタンがアルゼンチンを倒しかけたのも、韓国がフランスを食ったのも、人口が300万人に満たないアフリカの小国ガンビアが、W杯出場経験のあるホンジュラスに競り勝ったのも、「弱者対強者」という図式にはまったく当てはまらない試合だった。

 

 なにしろ、今大会はここまでのところ、12試合あった1次リーグの初戦のうち、実に10試合が1点差という実力伯仲ぶりである。ウルグアイに0-4で敗れたイラクにしても、崩されたというよりはセットプレーを含めた相手の高さにやられた形であり、そもそも、彼らはアジア予選で日本も倒している。南米の古豪にまるで歯が立たなかった、というわけではない。

 

 大会を見ていて改めて感じるのは、選手の質の均一化である。かつてのように、「ああ、ブラジルらしいなあ」とか「いかにもドイツだ」などと感じることがずいぶんと少なくなった。逆にどの国にも、ブラジル的であったりドイツ的な選手がいる。魔術は、魂は、限られた国の専売特許ではなくなった。

 

 これは、Jリーグにとっても好機ではないだろうか。

 

 情報がほぼ等しく全世界に広がるようになったことで、地球上のどこにでも才能が出現する時代になった。もちろん、そのことは欧州のスカウトたちも知っている。ただ、彼らがウズベキスタンやニュージーランドの選手の獲得に躍起になることは、現時点では考えにくい。

 

 いま、欧州では多くの日本の選手がプレーしているが、これは必ずしも「日本サッカーのレベルがあがったから」という理由だけではない。日本人選手を獲得するリスクが減ったから、でもある。

 

 欧州の側からすれば、同じ才能を持つ日本人とブラジル人。どちらを獲得するか――。以前であれば、考える間もなく後者だった。ファンは、メディアは、外れのブラジル人は許せても、日本人は許せない。なぜそんな国の選手を獲ったのか、ということになる。獲る側がリスクを避けるのは当然のことだった。

 

 しかも、潤沢な資金があれば、リスクを負ってまで市場を広げる必要もない。よほどの怪物でない限り、当面、欧州がニュージーランドやウズベキスタンの才能に触手を伸ばすことはないだろう。

 

 以前から、川淵元チェアマンは「Jリーグはオランダ的な立ち位置を目指すべき」と公言している。わからないではない。ただ、現在のJリーグには根本的に欠けている部分がある。

 

 発掘して転売し、利ざやを稼ぐ発想である。

 

 ロマーリオやロナウドは、オランダから欧州でのキャリアをスタートさせた。彼らの成功は、オランダのクラブにも利益をもたらした。現時点では欧州勢のお眼鏡にはかなわず、しかし確かな才能を持つ無名の国の選手は、わたしからすると、公開前のヤフー株のようにも感じられるのだが。

 

<この原稿は23年5月25日付「スポーツニッポン」に掲載されています>


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