1993年5月15日のJリーグ開幕時、初代チェアマン川淵三郎は56歳だった。30年がたち86歳となった今も意気軒昂である。

 

 

 30年たっても色褪せることのないスローガンがある。「Jリーグ百年構想~スポーツで、もっと、幸せな国へ。」川淵はリーグ創設にかける思いを、このスローガンに込めた。

 

「Jリーグをスタートする時、あちこちから講演を頼まれた。地域を中心としたスポーツクラブをつくりたい。それは30年、40年、50年、いや100年かかるかもしれないけど実現したい、と言ったんだけど、理解してもらえなかった。

 

 そんな時、『百年構想』という言葉が出てきた。『スポーツで、もっと、幸せな国へ』というキャッチコピーも、僕の思いと合致していた。

 

 Jクラブは10クラブでスタート、現在はJ1、J2、J3合わせて60クラブにまで拡大した。僕は当初、“Jクラブは1県に2つ。将来的には100を目指す”と言ったんだけど、まあまあいいとこ行ってんじゃないかな。順調すぎるくらいの感じだよ」

 

 それでも川淵は手綱を緩めない。

 

「その頃、僕は“日本はスポーツ三流国だ”とはっきり言ったよ。あれから30年がたったけど、まだ一流国とは言えない。せいぜい二流国かな(笑)」

 

 Jリーグがスタートした1993年当時、高齢化率(65歳以上の人口)は約14%だった。それが今では約29%に達している。

 

 平均寿命(2021年)は男性が81.47歳でスイスに次いで世界2位、女性は87.57歳で世界トップ。

 

 この現状を踏まえ、川淵はこう訴える。

「もっと生活の中にスポーツが入り込む余地がたくさん残っている。高齢化社会にあってはウォーキングサッカーなんかいいんじゃないかな。

 

 老若男女、性別、運動神経の良し悪しに関係なく、誰でも楽しむことができる。それに今後、AIが社会の隅々にまで行き渡るようになると、可処分時間(個人が自由に使える時間)が増えてくる。何のために長生きしているのか。それは人生を楽しむためでしょう。となると平均寿命よりも健康寿命の方が値打ちが出てくるわけだ。日本ではスポーツというと体育の授業の逆上がりから始まるイメージがあるけど、子どもたちには、もっと遊ばせながら、楽しいことをさせないと。

 

 スポーツの本当の価値は草の根の人たちがエンジョイすることにあると思うね」

 

 スポーツは誰のものか。30年をへて、Jリーグは今や社会の公器に成長した。ここからの30年が勝負である。

 

<この原稿は『漫画ゴラク』2023年6月16日号に掲載された原稿です>

 


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