一般社団法人全日本知的障がい者スポーツ協会(ANiSA)は、日本の知的障がい者スポーツ団体を統括し、それらと連係・協力しながら<「知的障がい」に対する正しい理解を促進し、共生社会の実現に向け>スポーツ振興に努めている。ANiSAの斎藤利之会長に話を訊いた。

 

伊藤数子: 6月4日から10日にかけて7日間、知的障がいのある人を対象とした競技大会、Virtus(国際知的障がい者スポーツ連盟)グローバルゲームズがフランス・ヴィシーで行われました。

斎藤利之: 4年に1度開催される国際大会で、今回が第6回目となります。私は日本代表選手団の副団長としてチームに帯同しました。日本は、2019年に開催されたオーストラリア・ブリスベンでの前回大会から金メダル獲得数、メダル獲得総数は増えました。全体的には大会のレベルがかなり上がっていると感じました。

 

二宮清純: 具体的には、どのあたりがレベルアップした、と?

斎藤: 例えば知的障がい者スポーツにおいては、元パラ水泳の河合純一君のように1人の選手が複数種目でメダルを獲得することがままあったんです。しかし今大会は、彼のようなマルチメダリストが減ってきた。そこに各種目のレベルの底上げが感じられます。これはパラスポーツ全体に言えることかと思います。

 

伊藤: それだけ競技の種目別の専門性が高くなってきたということですね。

斎藤: そうですね。あとは参加者数が増え、競争率が上がった。それまでは参加者が少なく、1人の選手がメダルを量産できる確率が高かったんです。また専門性が高まったのは指導者も同じ。陸上でも短距離は短距離、長距離は長距離と、それぞれ専門の指導者がつくようになった。それに伴って記録も伸びてきました。

 

伊藤: それはパラスポーツも一緒ですね。かつては障がい者スポーツセンターの指導員などが、複数競技を担当していました。

二宮: 今大会は陸上競技、水泳、卓球、テニス、バスケットボール、フットサル、自転車競技、馬術、ボート、柔道、空手、テコンドーの12競技が正式競技として実施されました。今後は増えていく可能性もあるんですか?

斎藤: 前回大会は9競技でしたから、増えていく方向にあると思います。またANiSAとしては今回6競技(陸上競技、水泳、卓球、バスケットボール、自転車競技、柔道)に、日本代表選手を派遣しました。いずれは全競技でエントリーしたいと思っています。

 

 クラス分けの違い

 

伊藤: パラリンピック競技には障がいの重さによってクラス分けがありますが、知的障がいのカテゴリーに関しては、細かく設けられてはいません。

斎藤: おっしゃる通りです。2020東京パラリンピックの金メダル総数は539個あります。その中で知的は陸上競技、水泳、卓球の3競技21種目しかないんです。パラリンピックはクラス分けである程度、平等性が担保されている。しかし知的障がいのカテゴリーは、一つにまとめられています。医学的に見ても、軽度の知的障がいのある選手とダウン症の選手とでは力の差があります。せめて2つに分ける必要があると思っています。Virtusや我々ANiSAの中でも「なぜ1つしかクラスないんだ?」という議論が出てきています。Virtus主催のワールドゲームズでは、既に前回のブリスベン大会からダウン症のカテゴリーを新設しました。

 

二宮: 日本からダウン症の選手は出場したのでしょうか?

斎藤: はい。陸上競技2人、水泳2人、計4人(共に女子選手)を派遣しました。これはANiSAの悲願でもあります。なぜなら、これまでダウン症の子たちはどちらかというと親も含め、あまりハードなスポーツをさせたくないと考える人が多かったからです。昔、ダウン症の方は「20歳まで生きられない」と言われていた時代もありました。今は医科学も進歩し、運動だって問題なくできています。

 

二宮: 2011年にスポーツ基本法が施行され、スポーツ権が確立しました。障がいの有無に関係なく、誰もがスポーツを楽しむ権利がある。その一方で、ケガのリスクを指摘する人もいます。

斎藤: 私は、そのリスクを考え過ぎてしまうことが、日本が多くの選手を派遣できていない大きな理由ではないかと思っています。日本(人)は、とかく、選手本人のやりたい意思や主張を尊重する前に、“何かが起きたらどうするんだ”と、責任論ばかりが先にきてしまうからです。

 

伊藤: 日本らしいと言えば日本らしい。例えばスポーツを通じ、知的障がいのある子どもにできることが増えていくとか、ポジティブな変化が生まれるという実例が出てくるといいですね。

斎藤: そう思います。その点、私はサッカーやバスケットボールなどの球技系に、一つの可能性を感じています。空間認知能力が養われることが一つ。例えばボールを持った時、チームメイトや対戦相手の動きを予測してパスをしますよね。ボールをもらう側も味方とぶつからないようなポジショニングを取ったり、相手のマークをかわしたりする。そうした動きができるということは、日常生活の中で危険回避能力につながると考えられるんです。

 

二宮: スポーツをすることで、社会で生きる力が身に付くと。

斎藤: はい。また成功体験を得ることで自信を付け、精神的な成長を促すケースもあります。それは選手本人への良い影響だけはありません。例えば知的障がいのある子どもの自立が促され、その子が弟の面倒を見られるようになるだけでも親御さんの負担は軽減されます。ちょっと考えるだけでもこれだけメリットがある。だからこそ私は、知的障がい者スポーツの素晴らしさを世に伝え、スポーツをする人が増えていくことを目指しています。

 

(後編につづく)

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斎藤利之(さいとう・としゆき)プロフィール>

一般社団法人全日本知的障がい者スポーツ協会会長。1974年、静岡県出身。小学3年生でバスケットボールを始める。浜松西高校を経て早稲田大学に入学。大学時は早大の1部昇格に貢献し、4年時には主将としてチームを16年ぶりのインカレベスト4に導いた。大学卒業後は学習塾を経営する傍ら、早大女子バスケットボール部のコーチを務めた。現在は都内のいくつかの大学で教鞭を執る。また地域社会へも積極的に関与し、東久留米市子ども子育て会議の会長や公益社団法人日本発達障害連盟の理事など多くの公的な委員活動、また内閣府の事業も多数手掛ける。パラスポーツ分野では、一般社団法人全日本知的障がい者スポーツ協会会長を務めながら、Virtus Asia sports Directorとして、アジア全体の知的障がい者スポーツの発展にも尽力している。

 

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