代表チームがスローガンに掲げた「ONE TEAM」が新語・流行語年間大賞に選ばれたのは、2019年の暮れことだ。この年に行われたラグビーW杯日本大会で、日本代表は史上初のベスト8進出を果たした。

 

 31人のメンバーの中には6カ国15人の海外出身者がいた。<ONE TEAMは、世界に広がりつつある排他的な空気に対する明確なカウンターメッセージであるとともに、近い将来、移民を受け入れざるを得ない日本の在り方を示唆するものとなった>。それが選考委員会が公表した選出理由だった。

 

 フランス大会を迎えるにあたり、「ONE TEAM」は「Our Team」に昇華した。このOurは何を意味しているのか。「自分たちのチームを突破して(日本)全員のチーム。日本を応援している人たちのチームでもある」。大会前、今回でW杯4大会連続出場となるリーチマイケルは、こう語った。

 

 こうしたスローガンは国民の関心を引き寄せるだけでなく、ラグビー界が目指している社会のあるべき姿を理解してもらう上でも重要である。

 

 リーチは有言実行の男だ。初戦のチリ戦。後半最初のトライを奪われ、9点差(21対12)に迫られた13分、連続攻撃から、低い姿勢を保ったまま突進し、ポストの真下に飛び込んだ。終わってみれば42対12、ボーナスポイントまで加えての完勝だった。

 

 先のスローガンが、ラグビー界から社会に向けて発信されたものなら、世界一を見据えての「エベレスト登頂」は、メンバー内のパスワードだろう。

 

「ここからがデスゾーン」。初戦を迎えるにあたってのプロップ稲垣啓太のコメントだ。

 

 デスゾーン――。これは、人間が生存できないほど酸素濃度が低い高所の領域を指す登山用語である。文字通り「死の領域」に足を踏み入れるということだ。

 

 デスゾーンでは、常に生死は隣り合っている。アルプスやヒマラヤ、アンデスなどを舞台に、114もの未踏峰を制覇したフランスの世界的アルピニスト、ルネ・デメゾンは、こう述べている。<「ぼくは一メートル、一メートルと、すべてを最初からやりなおし、暗礁に砕ける荒波のように、雲と吹雪がぶつかり合う雪庇の上へ出て、山頂を踏まえるのだ。そのとき、はじめて、心のやすらぎは見出せるのだ。そして、なにもかも続けられるのだ。そのときまでは、トランジットの旅客だ…>(自著『グランド・ジョラスの342時間』)

 

 大会に突入した今、選手たちは、もはや「トランジットの旅客」ではない。しかし空気が薄くなり、雲と吹雪がぶつかり合う中、本当の意味で過酷なタスクを強いられるのは、次のイングランド戦からだろう。

 

 それにしてもデスゾーンとは……。こればかりは流行語大賞で扱えるようなやわな代物ではない。人口に膾炙しない方がいいのかもしれない。

 

<この原稿は23年9月13日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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