伊藤数子: 現在、パラダンススポーツの国内の競技人口はどのくらいでしょうか?

田中一: 国内はまだまだ少ないというのが現状です。選手数で言えば30人程度。日本パラダンススポーツ協会は、パラダンススポーツの国内の統括団体として2020年2月に発足し、2021年6月に日本障がい者スポーツ協会(JPSA)へ登録、同年11月に日本パラリンピック委員会(JPC)への加盟が認められたばかりです。我々は今年8月に開催した「東京2023パラダンススポーツ国際大会」を起爆剤に、国内の愛好者を増やしていくと同時に、選手育成・強化を進めていきたいと考えています。

 

二宮清純: 競技力向上のためには、まず何が必要でしょうか?

田中: 車いすユーザーがパラダンススポーツに参加してもらうことは非常に重要ですが、その一方でコンビ種目(車いすのドライバーとパートナーのスタンディングの2人で踊る)のスタンディングにも興味を持っていただくような土壌を醸成しなければ競技は発展しません。これまでは社交ダンス経験がある人たちがパラダンススポーツに移行するという流れがほとんどでした。今後はその流れに加え、大会やイベントをきっかけに多くの人に、パラダンススポーツを知ってもらい、競技を始めたくなるような仕組みをつくらなければいけない。

 

伊藤: 素晴らしいですね。今後の展望は?

田中: もっとパラダンススポーツに積極的に参加してもらえるような土壌を全国につくりたい。他の車いすスポーツと比べても、テニス、バスケットボール、ラグビーの知名度とはだいぶ差があります。パラダンススポーツについては、「そういうスポーツがあるの?」というリアクションが多い。やはり国内での研究会、講習会を各地で開催していくことで皆さんの目に触れる機会を増やし、競技の魅力をアピールしていくことが大事だと思っています。あとは認知拡大のために、パラリンピックの正式種目を目指していきたい。

 

伊藤: パラリンピック競技を目指すパラスポーツ競技団体はたくさんあります。競争は激しいですね。

田中: 国際統括団体のワールドパラダンススポーツ(WPDS)に加盟しているのは38カ国・地域です。まだパラリンピック競技としては足りていません。東京パラリンピックには160を超える国・地域が参加しましたが、そこに近付けるような数を目指したい。しかしハードルは高いですね。それから国・地域数だけではなく、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、オセアニアといった世界大陸におけるバランスも必要です。

 

 すべての人の受け皿に

 

二宮: 競技の普及を促進するための条件としては、指導者が重要です。現在、国内に指導者ライセンスなどはあるのでしょうか?

田中: パラダンススポーツの指導者のライセンスは、まだ確固とした仕組みがないんです。WPDSでは国際大会開催に合わせて指導者講習会を実施していて、それを修了すると証明書のようなものが発行されます。ただ、それがないと国内で指導をしてはいけないというわけでもありません。なので我々としては指導者養成を行いながら、指導者養成制度を確立していく計画を進めています。2020年設立以降、毎年指導者養成講習会を実施しており、今年度は第4回を実施予定です。また指導用の映像を昨年度制作し、オンラインでも講習を受けることが可能な仕組みづくりにも取り組んでいます。いずれはA級指導者、または1級指導者というようにライセンスを発行し、その資格を持った人が全国を回って講習会を開く道筋をつけていくことが重要だと思っています。

 

二宮: 普及のためには、ハード面も重要になります。我々がよくこの連載を通じてパラスポーツ関係者から聞くのは、床が傷むという理由で施設を使わせてもらえないこと。パラダンススポーツでそういうケースは?

田中: そういう自治体もあると聞きます。たとえば私が暮らす埼玉県でも「床が傷つく」という理由で貸し出ししないことが一番多いそうです。ただ埼玉は県の障害者福祉推進課のパラスポーツ担当部署(現在は埼玉県県民生活部スポーツ振興課パラスポーツ担当)で各市町村の体育館向けのパラスポーツのマニュアルをつくりました。現在、車いすバスケットボールの定期的な練習会場として、さいたま市の総合記念体育館(サイデン化学アリーナ)を使っているなど、徐々にそういった偏見は減ってきていると感じます。

 

二宮: それはいいことです。ただ、その点は各自治体によってはまだ“温度差”があると聞きます。

田中: そうですね。全国では、まだまだ理解が進んでいないところもあると思います。他の自治体の施設を借りるときに、そのマニュアルを持って行き、「こういう例があります」と伝えると許可が通りやすくなったという話も聞きました。我々としては、共生社会実現のために、障がいの有無に関係なく施設を使えるようになることが大事だと思っています。

 

二宮: ダンスは高齢になってもできる魅力があります。その意味でパラダンススポーツは、一生の趣味を持つことのできる、生涯スポーツですね。

田中: そうなんです! 二宮さんのおっしゃる通りで、若い頃は社交ダンスを一生懸命やっていたけど段々、年齢を重ねていき、“スタンディングより車いすに乗ってダンスを楽しみたい”という人もいると思うんです。パラダンススポーツはスタンディングがドライバーへとポジションを変えることで、長く競技を楽しめます。国際大会に出場できるドライバーは肢体障がいのある人に限られますが、我々としてはダンスをやりたい方であれば、一緒に手を取り合って踊りたい。これから仲間をどんどん増やしていきたいと思います。

 

(おわり)

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田中一(たなか・はじめ)プロフィール>

一般社団法人日本パラダンススポーツ協会代表理事、NPO法人埼玉県障害者協議会代表理事。1953年、埼玉県生まれ。脳性麻痺により両足に障がいがあり、車いすで日常を過ごすが、アクティブに街に出ている。東洋大学社会学部を卒業後、埼玉大学経済短期大学部に編入し卒業。1976年、埼玉県志木市役所入所。在職中の37年間は主に図書館司書として新館開設準備、サービス運営に携わり館長等を歴任。2000年にパラダンス(当時の呼称は車いすダンス)と出会い、様々な国内の競技会やドイツ、台湾の国際競技会に参加。また、イベントやダンス教室のダンスパーティーなどでデモンストレーションを披露。現在は、パラダンスの普及拡大に尽力するとともに、分け隔てられることのない「共生社会」の実現を目指している。

 

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