野球好きの父親が、かつて、こうつぶやいていた。「豊田さんのような野球選手上がりのコラムニストはこれまでいなかったし、これからも現れないだろうな…」
 豊田さんのコラムは「チェンジアップ」のタイトルが示すように常に読者の意表を突く。肩の凝らない自然体のフォームで投げているのに、いつも読む者をハッとさせるのは著者の卓越した観察眼によるものだろう。
 腕利きの料理人と一緒で著者の手にかかると、ちょっとしたネタがたちどころに一品料理や気の利いた酒の肴に化けてしまう。ピリっとワサビをきかせたかと思うと、しょう油をチョロっと落としてみたりと味付けのさじ加減が抜群なのだ。
 実は私も豊田さんにネタにされたことがある。一度、地元の愛媛で対談のお相手を願った。そこで子供の頃、橙(だいだい)をボールがわりに草野球に興じたという話を披露した。丸いものを見ると、それを打ちたくなるのが男の子だと書き、豊田さんはこう締めくくった。
 <橙が橙にしか見えない少年ばかりになる前に、球界を立て直してほしい>。チェンジアップに見せておいて、最後は150キロの快速球が飛んできた。 「豊田泰光のチェンジアップ人生論」( 豊田泰光著・日本経済新聞社・1575円)

 2冊目は「カープとともに真っ赤に燃えたマイク人生」(鈴木信宏著・文芸社・1400円)。「地域密着」という言葉が昨今のスポーツ界ではキーワードになっているが、その元祖とでも呼べる存在が広島カープだ。地方局アナウンサーの悲喜こもごもの実況秘話。


 3冊目は「人物を読む日本中世史」(本郷和人著・講談社・1600円)。中世政治史を専攻する著者は、日本史が人気がないことを憂えて本書を執筆したという。とかく理屈が多い中世史を、頼朝、法然、信長など人物から再発見した快著。

<この原稿は2006年5月24日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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