堂上隼人(香川オリーブガイナーズ) 第1回「レッドソックスが注目する扇の要」

リーグ出身者の行き先は日本プロ野球のみにとどまらない。開幕前にはついに海を渡る選手が現れた。ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ松尾晃雅(1A・グリーンビルドライブ)だ。MAX150キロの速球とスライダーを武器に昨季はリーグで最多勝利(15勝)と最多奪三振(159個)の2冠に輝いた。その投球DVDを見たレッドソックスのスカウトが獲得を打診してきたのだ。
現在、米国南東部に位置するサウスカロライナ州を拠点にプレーをしている松尾は5試合に先発して防御率は6.45。まだ結果が残せていないが、「基礎はできている。マイナーでどんどん投げさせたい」と担当スカウトの評価は悪くない。アイランドリーグは野球で夢をみる若者たちの育成基地として、その地位を築きつつある。
オーストラリアで突然のテスト
そして、このリーグから新たに飛び立とうとしているひとりのキャッチャーがいる。堂上隼人、26歳。香川オリーブガイナーズで3年目のシーズンを迎えた。
「松尾のブログは見てますよ。携帯からでも簡単に見れるんで」
彼もボストン・レッドソックスからマイナー契約の打診を受けている。ビザ取得の関係で正式契約が遅れているが、渡米への障害がなくなれば、シーズン中にもアメリカでプレーすることになる可能性が高い。
堂上にレッドソックスが触手を伸ばしている――そんなニュースが流れたのは今年2月のことだった。1月、堂上は同僚の塚本浩二とともにオーストラリアにいた。オフシーズンに実戦経験を積むため、現地のアマチュアリーグに参加していたのだ。アイランドリーグではABF(オーストラリア野球連盟)のオファーを受け、オーストラリア人選手の受け入れを行っている。彼らの派遣は、その交流の一環だった。
現地に到着して2日目、早速、塚本とバッテリーを組んで試合に出場する機会が巡ってきた。ブルペンで投球練習をしていると、おもむろにハーフパンツ姿でサングラスをかけた男が近づいてきた。
「セカンドまで思い切って投げてくれないか」
唐突な指示だった。しかも、それまでシーズンオフで実戦から離れている堂上にしてみれば、まだ肩が仕上がっていない。
しかし、ラフなTシャツを着た男は続けた。
「それは分かっている。思いっきり投げてくれ」
そう告げると、男はビデオカメラをセッティングし、ストップウォッチを構えてセカンドベースまでの送球タイムを計ろうと準備を始めた。堂上はピッチャーからのボールを受けると、すばやくセカンドに送球。タイムは1秒77だった。プロのレベルではキャッチャーのセカンド送球タイムが1秒9前後であれば及第点とされる。まだシーズンが始まる前という条件を考えれば、素晴らしい数字だった。
さらに試合でも堂上は魅せる。途中出場となった当日の第1打席、2アウト2塁のチャンスでバッターボックスに入った。鋭いスイングから生まれた打球は右中間を破るタイムリー2ベース。香川でも中軸を打ち続ける勝負強さが光る一打だった。男のサングラスが、その時、キラリと光った。
「肩が強いし、守備力も非常に高い。(メジャー契約を結ぶ)40人ロースターに入れる実力はある」
レッドソックスが獲得を申し出たのは、その直後のこと。実は堂上にセカンド送球を頼んだ男は、レッドソックスの担当スカウトだったのだ。
「そういうお話をいただいたのは、すごく幸せなこと」
堂上はワールドチャンピオンに輝いた名門球団からのオファーを喜んで受け入れた。抜き打ちの“入団テスト”を、日本からやってきた若者は見事にパスした。
なぜスカウトは彼をマークしていたのか。それは香川に在籍するオーストラリアからの助っ人、トム・ブライスの紹介だった。ブライスはアテネ五輪でオーストラリア代表に選ばれ、銀メダルを獲得している強打者である。出場権獲得はならなかったが、今回の北京五輪予選でも代表入りを果たした。
オーストラリア代表を率いるジョン・ディーブル監督は、もうひとつの顔を持つ。「レッドソックス環太平洋スカウト」。松坂大輔はもちろん、岡島秀樹の獲得にも力を尽くした。メジャーで通用する選手を見抜く目には確かなものがある。ブライスから堂上の情報をキャッチしたディーブル監督は早速、アイランドリーグ側からDVDを取り寄せた。それがすべての始まりとなった。
今できることをやるしかない
先にあげた強肩強打ぶりからも分かるように、堂上は大学時代から、その名を知られたキャッチャーだった。アイランドリーグでプレーの場を移してからは、アイランドリーグナンバーワン捕手として、毎年のようにドラフト候補の最上位に名前があがった。打ってはクリーンアップに座り、右にも左にも鋭い打球を飛ばす。マスクをかぶると、巧みなリードで経験の少ない若い投手を引っ張る。相手が盗塁を試みれば、捕球からムダのないステップとスローイングでまたたくまにランナーを刺す。
「香川が2連覇を達成したのは、彼の力によるところが大きい」
香川の西田真二監督のみならず他チームの首脳陣たちも、その存在の大きさを認めている。
レベルの高さはNPBのスカウトや現場の首脳陣も評価するところだ。「打つほうも守るほうも、力的には1軍レベル」。そう太鼓判を押したのは、昨年引退した東京ヤクルト・古田敦也前監督である。NPB球団との交流試合でも、堂上はリーグの中心選手として攻守に結果を残している。
ところが――。ドラフト指名の朗報は2年間、やってこなかった。そこへ、今度は一気にMLBへ続く道が開こうとしている。
「早く決まってほしいという気持ちはありますが、(契約の話は)自分が決められるものじゃない。じっくり待とうという心境です。アイランドリーグもシーズンが開幕しましたし、今できることをやるしかないと思っています」
香川の本拠地、サーパススタジアムは緑に染められたフェンスが印象的な球場である。レッドソックスのホーム、フェンウェイ・パークも同じく緑を基調としたスタジアムだ。レフトに高くそびえたつフェンスは、グリーン・モンスターと呼ばれている。緑色のバックネットを背にサーパススタジアムでミットを構える堂上の姿が、フェンウェイ・パークでプレーするイメージと、どことなく重なっているように感じるのは気のせいだろうか。
(第2回へつづく)
<堂上隼人(どううえ・はやと)プロフィール>


(石田洋之)