今季から九州2球団が加わり、6球団制となった四国・九州アイランドリーグ。4年目を迎え、リーグを経由した選手たちの活躍が目立ってきている。まず4月16日、高知ファイティングドッグスから千葉ロッテに入団した角中勝也がNPBで初本塁打を放った。5月2日には徳島インディゴソックスに在籍経験をもつ北海道日本ハム・多田野数人が初先発で初勝利を飾った。
 リーグ出身者の行き先は日本プロ野球のみにとどまらない。開幕前にはついに海を渡る選手が現れた。ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ松尾晃雅(1A・グリーンビルドライブ)だ。MAX150キロの速球とスライダーを武器に昨季はリーグで最多勝利(15勝)と最多奪三振(159個)の2冠に輝いた。その投球DVDを見たレッドソックスのスカウトが獲得を打診してきたのだ。

 現在、米国南東部に位置するサウスカロライナ州を拠点にプレーをしている松尾は5試合に先発して防御率は6.45。まだ結果が残せていないが、「基礎はできている。マイナーでどんどん投げさせたい」と担当スカウトの評価は悪くない。アイランドリーグは野球で夢をみる若者たちの育成基地として、その地位を築きつつある。

 オーストラリアで突然のテスト

 そして、このリーグから新たに飛び立とうとしているひとりのキャッチャーがいる。堂上隼人、26歳。香川オリーブガイナーズで3年目のシーズンを迎えた。
「松尾のブログは見てますよ。携帯からでも簡単に見れるんで」
 彼もボストン・レッドソックスからマイナー契約の打診を受けている。ビザ取得の関係で正式契約が遅れているが、渡米への障害がなくなれば、シーズン中にもアメリカでプレーすることになる可能性が高い。

 堂上にレッドソックスが触手を伸ばしている――そんなニュースが流れたのは今年2月のことだった。1月、堂上は同僚の塚本浩二とともにオーストラリアにいた。オフシーズンに実戦経験を積むため、現地のアマチュアリーグに参加していたのだ。アイランドリーグではABF(オーストラリア野球連盟)のオファーを受け、オーストラリア人選手の受け入れを行っている。彼らの派遣は、その交流の一環だった。

 現地に到着して2日目、早速、塚本とバッテリーを組んで試合に出場する機会が巡ってきた。ブルペンで投球練習をしていると、おもむろにハーフパンツ姿でサングラスをかけた男が近づいてきた。
「セカンドまで思い切って投げてくれないか」
 唐突な指示だった。しかも、それまでシーズンオフで実戦から離れている堂上にしてみれば、まだ肩が仕上がっていない。
 
 しかし、ラフなTシャツを着た男は続けた。
「それは分かっている。思いっきり投げてくれ」
 そう告げると、男はビデオカメラをセッティングし、ストップウォッチを構えてセカンドベースまでの送球タイムを計ろうと準備を始めた。堂上はピッチャーからのボールを受けると、すばやくセカンドに送球。タイムは1秒77だった。プロのレベルではキャッチャーのセカンド送球タイムが1秒9前後であれば及第点とされる。まだシーズンが始まる前という条件を考えれば、素晴らしい数字だった。

 さらに試合でも堂上は魅せる。途中出場となった当日の第1打席、2アウト2塁のチャンスでバッターボックスに入った。鋭いスイングから生まれた打球は右中間を破るタイムリー2ベース。香川でも中軸を打ち続ける勝負強さが光る一打だった。男のサングラスが、その時、キラリと光った。

「肩が強いし、守備力も非常に高い。(メジャー契約を結ぶ)40人ロースターに入れる実力はある」
 レッドソックスが獲得を申し出たのは、その直後のこと。実は堂上にセカンド送球を頼んだ男は、レッドソックスの担当スカウトだったのだ。
「そういうお話をいただいたのは、すごく幸せなこと」
 堂上はワールドチャンピオンに輝いた名門球団からのオファーを喜んで受け入れた。抜き打ちの“入団テスト”を、日本からやってきた若者は見事にパスした。

 なぜスカウトは彼をマークしていたのか。それは香川に在籍するオーストラリアからの助っ人、トム・ブライスの紹介だった。ブライスはアテネ五輪でオーストラリア代表に選ばれ、銀メダルを獲得している強打者である。出場権獲得はならなかったが、今回の北京五輪予選でも代表入りを果たした。

 オーストラリア代表を率いるジョン・ディーブル監督は、もうひとつの顔を持つ。「レッドソックス環太平洋スカウト」。松坂大輔はもちろん、岡島秀樹の獲得にも力を尽くした。メジャーで通用する選手を見抜く目には確かなものがある。ブライスから堂上の情報をキャッチしたディーブル監督は早速、アイランドリーグ側からDVDを取り寄せた。それがすべての始まりとなった。

 今できることをやるしかない

 先にあげた強肩強打ぶりからも分かるように、堂上は大学時代から、その名を知られたキャッチャーだった。アイランドリーグでプレーの場を移してからは、アイランドリーグナンバーワン捕手として、毎年のようにドラフト候補の最上位に名前があがった。打ってはクリーンアップに座り、右にも左にも鋭い打球を飛ばす。マスクをかぶると、巧みなリードで経験の少ない若い投手を引っ張る。相手が盗塁を試みれば、捕球からムダのないステップとスローイングでまたたくまにランナーを刺す。
「香川が2連覇を達成したのは、彼の力によるところが大きい」
 香川の西田真二監督のみならず他チームの首脳陣たちも、その存在の大きさを認めている。

 レベルの高さはNPBのスカウトや現場の首脳陣も評価するところだ。「打つほうも守るほうも、力的には1軍レベル」。そう太鼓判を押したのは、昨年引退した東京ヤクルト・古田敦也前監督である。NPB球団との交流試合でも、堂上はリーグの中心選手として攻守に結果を残している。

 ところが――。ドラフト指名の朗報は2年間、やってこなかった。そこへ、今度は一気にMLBへ続く道が開こうとしている。
「早く決まってほしいという気持ちはありますが、(契約の話は)自分が決められるものじゃない。じっくり待とうという心境です。アイランドリーグもシーズンが開幕しましたし、今できることをやるしかないと思っています」

 香川の本拠地、サーパススタジアムは緑に染められたフェンスが印象的な球場である。レッドソックスのホーム、フェンウェイ・パークも同じく緑を基調としたスタジアムだ。レフトに高くそびえたつフェンスは、グリーン・モンスターと呼ばれている。緑色のバックネットを背にサーパススタジアムでミットを構える堂上の姿が、フェンウェイ・パークでプレーするイメージと、どことなく重なっているように感じるのは気のせいだろうか。

(第2回へつづく)

<堂上隼人(どううえ・はやと)プロフィール>
 1982年3月12日、神奈川県出身。右投右打で背番号は27。強肩と強打がウリの大型捕手。横浜商大時代には阪神・鳥谷敬、ソフトバンク・馬原孝浩らと日米大学野球の日本代表にも選ばれ、ドラフト候補にも挙がっていた。日産自動車を経て06年5月より香川オリーブガイナーズに途中入団。打率.327、11本塁打、45打点の成績で首位打者と本塁打の2冠に輝き、攻守にわたって後期V、チャンピオンシップ制覇に貢献した。07年も打率.322、7本塁打、50打点をマーク。2年連続の後期MVPと、独立リーグ・グランドチャンピオンシップ初代MVPに輝いた。現在、ボストン・レッドソックスと入団交渉中。




(石田洋之)
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