聖火のチョモランマ登頂を成功させるため、国家の威信をかけて低酸素、低温に耐えうる特殊トーチをつくることはできても、大地の鳴動を防ぐ手立てはない。

 北京五輪開催まで90日を切った中国が大震災に見舞われた。四川省を中心に被害は広がりをみせ、最新の情報では死者は1万人を超える見通し。北京でも大きな揺れが続き、高層ビルから避難する人が相次いだという。

 中国における地震といえば、真っ先に思い出されるのが、1976年7月の唐山地震。死者24万人を超える大惨事となった。震源地の唐山市は北京からわずか150キロ。専門家によれば、北京でもマグニチュード7から8クラスの地震は起こりえるという。よもや五輪期間中に起こることはないだろうが、今回の四川省地震が北京五輪に及ぼす影響は小さくない。

 いささか旧聞に属する話だが、東京五輪前の64年6月にも地震があった。死者26人を出した新潟地震である。規模はマグニチュード7.5。東京もグラリと揺れた。ちょうど五輪開幕の4カ月前ということで、大会関係者は「五輪中に地震があったら、地震に慣れていない欧米の選手たちは慌てて選手村を飛び出すのではないか」と危ぐし、対策を練ったという。

 02年5月から6月にかけての日韓サッカーW杯でも、大会関係者は災害への対応に苦慮した。現日本サッカー協会副会長でFIFA理事の小倉純二氏は大会のトーナメントディレクターを務めた。自著「サッカーの国際政治学」で小倉氏はこう述懐している。<この仕事は多岐にわたったが、最も重要なことの一つが毎日の天候を確認することだった。豪雨、雷、地震など自然災害で大会運営に支障が出ないようにするためだ。(中略)仮にキックオフ時間を変更すれば、全世界に配信されるテレビ中継の時間も変更せざるをえない。(中略)あらゆる事態に対応するのが私の仕事だった。>

 男子マラソンの世界記録保持者ハイレ・ゲブレシラシエ(エチオピア)が北京の大気汚染を理由にマラソンへのエントリーを拒否したように、この先、地震を忌み嫌う選手たちが北京行きを辞退する可能性は否定できない。あるいは「中国政府は五輪開催費用を被災者支援に回せ」という者も出てくるだろう。スポーツの祭典までが揺れている。

<この原稿は08年5月14日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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