1990年5月27日。
 第57回日本ダービー。
 レース後、東京競馬場には「ナッカッノー、ナッカッノー」の大シュプレヒコールがこだました。

 それまでも馬を称えるコールは何度も耳にしたが、ジョッキーを称えるコールを聞いたのはこれが初めてだった。それだけ勝利のインパクトが強かったということだろう。

 この頃、競馬界は2人のホープに話題が集中していた。早くから天才の異名を欲しいままにしていた武豊と、追う横山典弘。それを反映し、1番人気は横山が騎乗するメジロライアン、2番人気は武が手綱をとるハクタイセイ。

 しかし勝ったのは3番人気のアイネスフウジンだった。中野栄治にとってデビュー20年目、8度目の挑戦でのダービー制覇だった。

 3コーナー、中野は馬場の悪い内ラチを5頭分空けて通った。そこに飛び込んできたのがハクタイセイだった。武はまんまと中野の術中にはまったのである。

 アイネスフウジンとの出会いが中野の運命を変えた。「最後の大勝負をかけよう」。交通事故による騎乗停止処分、連日の深酒……。中野には悪評がついて回った。「もう栄治は終わっているよ」

 19万人のファンがうだつのあがらない峠を越えたジョッキーを祝福したのは、そんな過去を知っていたからである。「人生って諦めなかったら、いつかいいことあるんだよね」。新潟の飲み屋でポツリともらした一言が今も忘れられない。


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