長いことプロ野球を観ているが、腰も抜かさんばかりに驚いたのは、他に記憶がない。1969年6月15日、東京・後楽園球場。巨人−中日9回戦。3回2死無走者の場面で“事件”は起きた。

 私は父親とともに茶の間でテレビを観ていた。バッターは王貞治。マウンドは中日のエース小川健太郎。

 王はアンダースローの小川が上げる左足にあわせて、右足をスッと上げた。一本足打法だ。ここまではいつもどおりで王は小川をカモにしていた。

 と、次の瞬間、王はキツネにつままれたような表情を浮かべる。そして小川は左足を上げた直後、右手首のスナップをきかせ、ヒョイと体の後ろからボールを放ったのだ。これが世にいう「背面投法」である。

 そのボールは打席の王をあざ笑うかのようにキャッチャー木俣達彦が構えるミットにスッポリとおさまった。判定はボール。球場は大きなどよめきに包まれた。

 マウンド上の小川は不敵な笑みを浮かべていた。後ろからボールを放ろうとして、クルリと背を向けた小川の背中にはりついていた数字は「13」。その姿はまるで不吉な報せをもたらす魔界からの使者のようだった。

 実はこの試合、小川はもう一球、背中越しに王にボールを放っている。これもボール。もう40年近く前のことだから記憶は不確かだが、少年の日の私の目に、このボールはストライクに映った。確認すべくビデオテープを探し求めたが、徒労に終わった。誰か保存している人はいないのか……。


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