小学6年で既に身長175センチ。加えて全国大会に出場したこともあって、高知県内では「長山拓未」という名は、将来有望な選手として知れ渡っていた。その長山の素質をいち早く見抜いていたのが、今も長山が尊敬してやまない高知中学男子バレーボール部顧問の小笠原健一先生だった。
「彼のことは小学5年の時から注目していました。プレーとしてはまだまだでしたが、身長は大きいし、素質はいいものを持っているな、と。高知県のバレーボール界にとっては、彼はまさに宝だと感じていたんです」

「強豪校でやりたい」という思いを抱いていた長山は、小笠原先生の誘いもあって中高一貫教育の高知中学に進んだ。所属していた初月ジュニアバレーボールクラブからはもう一人、大型セッターの田内卓も一緒だった。

 小笠原先生の指導は厳しかったが、長山はそれほど苦にはならなかったという。入学と同時にレギュラーポジションを獲得し、期待通りの活躍を見せた。ポジションは身長をいかしたセンター。だが、3年になるとサイドアタッカーへの転向を命じられた。長山の学年には高い打点でスパイクを打てるアタッカーが不在だったため、チーム一長身の長山が急遽、レフトにまわったのだ。「なんとかごまかしで打っていただけ」と長山は謙遜するが、全国の道は“ごまかし”で行けるほど甘いものではない。やはり、長山にはそれだけの能力があったのだろう。

 学年自体もまた、強かった。
「彼の代は入学当初から期待されていたんです。私も最初から彼らを全国大会に出場させるつもりで指導していました」と言う小笠原先生の言葉通り、2年になると長山以外の選手たちもメキメキと頭角を表し始め、既に3年の先輩たち以上の強さを発揮していた。そして彼らが3年になる頃には、191センチのエース・長山、183センチのセッター・田内擁する大型チームとして全国でも注目されるようになっていたのである。

 とはいえ、全国への道は決して楽ではなかった。中学生にとって最高峰の大会である全日本中学校バレーボール選手権大会(以下、全中)に出場できるのは、四国中学校総合体育大会(以下、四国総体)を勝ち抜いた2校のみ。四国では香川と徳島が強く、高知県内から全中の代表校が出るのは稀であった。高知中も県内屈指の強豪校だが、四国ではそう簡単に勝たせてはもらえなかったのである。

 高知中が初めて全国の舞台に立ったのは1999年のことだ。その年、四国総体で初優勝に輝くと、翌年も連覇を果たした。だが、長山が入学した2001年からの2年間は四国の壁を破ることができずにいた。

 3年ぶりの全中出場を目標に、長山たちは予選である総体に臨んだ。まずは県総体で2年ぶり6度目の優勝を飾ると、続いて行なわれた四国総体でも初戦をストレートで破った。あと1勝で全中出場が決まる大一番となった準決勝、高知中は徳島の強豪・南部中学と対戦した。

「勝てば全国に行ける」――その気持ちがプレッシャーとなったのか、第1セットはなんと、8−25で落としてしまった。
「長年監督をしていますが、こんな大差をつけられた経験は後にも先にも記憶にないですね。長山たちの学年は全国でも注目されていましたから、“こんなところで負けるわけにはいかない”という気持ちがプレッシャーとなり、硬さを生んだのでしょう。その時は、さすがにもう終わったかな、と半ば諦めていましたよ」と小笠原監督。監督自身、もう開き直るしかなかった。「これまでやってきたことを全部出してこい!」。そう言って、コートに選手を送り出した。

 その言葉が効いたのか、背水の陣で臨んだ第2セット、長山たちは第1セットとは別人のように好プレーを披露した。25−17で奪い取ると、最終セットも25−20で取り、逆転で全中の切符を掴み取ったのである。

 その1週間後、長山たちは目標だった全中の舞台、釧路市厚生年金体育館のコートに立っていた。グループで行なわれる予選で高知中は、江別中央中学(北海道)と須坂相森中学(長野)と対戦した。だが、2試合ともストレート負けを喫し、あえなく予選敗退。特に、優勝候補の江別中央には25−16、25−13と全く歯が立たなかった。

「江別中央はサイド攻撃が速くて、僕らはそれに全くついていけなかった。あまりのレベルの高さに、“こいつら、本当に同じ中学生?”と思ってしまいました。自分たちは強いと思っていましたが、やっぱり上には上がいるんだなぁと、思い知らされた試合でした」

 改めて全国のレベルの高さを知った長山だが、この敗北を決してネガティブには考えていなかった。「強くなりたい」――。その気持ちが彼を奮い立たせていた。

(第3回につづく)

長山拓未(ながやま・たくみ) プロフィール>
1988年5月17日生まれ。高知県出身。中央大学法学部2年。格闘技一家に生まれるも、2歳年上の姉の影響で小学生からバレーを始める。高知中、高知高では入学直後からレギュラー入りを果たす。高校3年間でインターハイ3度、春高3度出場し、2年時には全国初勝利を挙げる。現在は中央大男子バレーボール部に所属し、レギュラーとして活躍している。得意のプレーはクイック。ポジションはセンターだが、中学、高校時代にはサイドアタッカーの経験もあることから、バックアタックも打つ。196センチ、85キロ。最高到達点335センチ。






(斎藤寿子)
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