プロ野球は何年かに一度、黄金世代が出現する。古くは「江川(卓)世代」、「桑田(真澄)&清原(和博)世代」、最近では「松坂(大輔)世代」、最も新しいのは「ハンカチ王子(斎藤佑樹)&マー君(田中将大)世代」か。
 カープの若きホープ前田健太は斎藤や田中と同学年。PL学園時代から野球選手としてのセンスはズバ抜けていた。

 投げてよし、打ってよし、走ってよし。驚いたのは高校3年のセンバツ、準々決勝での秋田商戦だ。2回2死3塁からホームスチールを決めたのだ。
 1点を争う後半ならいざ知らず、まだ2回である。しかもピッチャー。ケガでもしたらどうするのか。
 野球のセオリーからすれば、走る場面ではない。おそらく相手バッテリーにも油断があったはずだ。
 そこを17歳の前田は見逃さなかった。

 その場面を目のあたりにしたあるスカウトが、感心しきったような面持ちで私にこう話した。
「あの子はピッチャーでも野手でも、どちらでも成功するね。高校時代の桑田真澄を見ているようだよ。いわゆる野球をやるために生まれてきたような子。五感が優れていなきゃ、ホームスチールなんてできないよ。間違いなくドラフト1巡目で消えるな」

 その年の高校生ドラフト、前田は広島カープから1巡目で指名された。今季から背番号はエースナンバーの18。18年間に渡ってチームを支えてきた佐々岡真司から譲り受けた。
 2年目の今季、開幕からしばらくして先発陣の一角に加わった。一躍、全国区になったのは6月18日の北海道日本ハム戦。
 先発のマウンドに立った前田は8回、先頭の稲田直人にヒットを許すまで1本のヒットも許さず、あわや「ノーヒッターか!?」という快投でプロ入り初勝利をあげたのだ。140キロ台前半のストレートと落差の大きなカーブで日本ハム打線を手玉にとった。若き日の桑田を見ているようだった。

 桑田もプロ入り後、しばらくはストレートとカーブを中心にピッチングを組み立てていた。なぜか途中からカーブをあまり投げなくなった。その理由を聞くと桑田は寂しそうにこう語った。
「最近はスライダーが全盛でしょう。審判はスライダーばかり見ているから、カーブをあまりストライクにとってくれないんです。カーブの軌道に審判の目がついていけてないんですよね。だから投げたくても投げられないんですよ」
 なるほどな、と思ったものだ。

 7月2日現在、5試合に登板して2勝0敗、防御率2.77。スターターとしての責任をきっちり果たしている。
 特筆に価するのが、これまで1度も5回までにマウンドを降りていないこと。スターターの仕事は勝つに越したことはないが、その前にゲームを壊さないこと。20歳は立派に任務を果たしている。

<この原稿は2008年7月20日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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