第267回「スポーツだからできること」

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 東京オリンピック・パラリンピックを契機に、日本のどこに行ってもバリアフリーという言葉を聞くようになった。世の中は普通に歩ける人、見える人、聞こえる人だけではない。障害を持った方にも過ごしやすい社会であるべきという考えが、以前の日本にも決してなかったわけではない。だが、その考えが浸透していたとまでは言えなかっただろう。

 

 しかし今、東京の街中を歩くと、いたるところにスロープがあり、地下鉄にはエレベーターが完備され、バリアフリー化が進んできていると感じる。それでも、先月、電動車いすの方とレストランに入ろうとすると、「うちでは対応できなから」と断られる出来事があった。僕がその対応に抗議しようとすると、彼は静かに首を振り「まだまだこれが現実なんです」と静かに言ったのが悔しかった。

 
 日本では、何らかの障害を持つ方が8%程度いるので、社会生活を送っていればどこかで出会っていてもおかしくないはずなのだが、実際はそれほど遭遇しない。ところが欧米では、街中で当たり前のようにすれ違う。比率が10~15%と日本に比べて若干高いこともあるが、それ以上に皆さんが外に出て活動されているのが大きい。逆に言うと、日本ではまだまだ障害者の方が外で活動するということが心理的にも物理的にもハードルがあるのだろう。

 

(写真:ビーチ用車椅子で海を楽しむことは特別ではない)

 例えば、日本で車椅子の方が、海水浴を楽しんでいる姿を見かけることはほぼ皆無だ。ところが、欧米のビーチでは車椅子対応になっているところが多く、当たり前のように日光浴を楽しまれていたりする。またプールでは、車椅子用のアプローチやクレーンなどが整備されているところが多い。

 
 社会の意識を変えるのは、障害を持つ当事者より健常者の意識を変えることが重要だし、その啓蒙と同時に、物理的な整備をしていくことも大切である。整備された施設を見ることで、バリアフリーを知ったり、考えたりするきっかけになる。


 そして、日本に足りないのは、健常者と障害者のコミュニケーション。
 私自身、パラスポーツのコーチを務めたり、仕事で障害を持つ皆さんとご一緒する機会が増えたので、理解も深まった。だが、20代の頃はどのように対応していいのか迷いもあった。コミュニケーションをとる機会が少なく、いざ目の前にするとどう対応していいのか分からなくなってしまっていたのだ。今思えば、それは過剰な反応で、「普通でいいんだよ」って当時の自分に言ってやりたくなる。

 

 違いを知り、慣れ、理解することが必要

 

 そもそも日本の教育は障害者を通常の学級に入れず、特別支援学校など別の場所で教育してきた。そのため障害者と接することに慣れていない、障害を理解できていないということが起きてしまう。社会では一緒に生活していくはずなのに、教育は別途に行うという矛盾。世界的には、すべて同じでなくても、障害者も同じ学校、同じクラスで学ぶケースが多く、これを「包括的教育(インクルーシブ教育)」といい、日本でもようやくその取り組みが始まろうとしている。

 

 人間は皆同じではない。それぞれの特徴があり、得意、不得意がある。それを踏まえて生活するのが当然なのだが、自分と異なるものに強い違和感を持ってしまうことがある。だからこそ、幼少期から共に過ごし、違いを知り、慣れ、理解することが必要。社会でもその機会を積極的につくっていくべきなのだろう。ただ、子どもは難なく超えていくハードルを、先入観のある大人にとって軽やかには超えていけない。これまで培ってきた感覚とはそういうものなのだろう。

 

(写真:脚がなくとも、手がなくともトライアスロンはできるんだ)

 先日、開催されたワールドパラトライアスロン横浜大会は、直後に実施されたワールドトライアスロンとの同日開催で盛り上がった。もちろんパリパラリンピック出場が懸かっているということもあり、ハイレベルなレースだったことは言うまでもないが、普段、そのパフォーマンスを直接見る機会があまりないので、沿道からは応援とともに、驚きの声も多く聞かれた。なぜ、両手がなくても泳ぎ、自転車に乗れるのか……。手がなければ脚が、脚がなければ口がと、たとえハンディキャップがあっても、人間というのはここまでできるものなのだということを彼らのパフォーマンスが教えてくれた。

 

 スポーツはハンディや取り組む姿勢が見えやすい。ならば通常の参加型スポーツでもできる限り障害者を受け入れる努力をしていくことを検討できないだろうか。街のランニングイベントで、義足や車いすの方が走っているのを見た人が、何を思い、何をするのか。まだまだ参加する障害者は少ないかもしれない。そもそも機会がなければ、障害者自身も何も感じることはなく、何もやろうとは思わないだろう。その場をつくっていくことが社会の役目なのかもしれない。

 

 スポーツだからできること、その可能性を感じる1日だった。

 横浜で観戦した人たちの心の中に残ったその灯りが、それぞれのコミュニティに戻っても広がっていくことを期待したい。

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)

>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ

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