中学2年生にして、「ダンスで生きていく」と決意したKarimこと荒岡カリム。徳島の城北高校に進学した。この頃のライバルは己の胸中に巣食う弱さ。「いろいろなダンサーを見ては刺激を受けていましたが、いつも戦っていたのは自分自身。挫けたり、諦めたりする気持ちに“絶対負けたくない”と強く思っていました」。ダンスバトルでも結果を残し、自らの名を上げていった。そして世界に飛び出していく。

 

 高校1年時、プロダンサーも出場する全国大会「THE GAME」で最年少ながら16強入りした。さらに現在、D.LEAGUEをはじめダンスシーンで活躍するMiYU(SEPTENI RAPTURES=セプテーニ ラプチャーズ)、SEIYA(Valuence INFINITIES=バリュエンス インフィニティーズ)、SORA(元CyberAgent Legit=サイバーエージェント レジット)と組み、大阪で行われた“ストリートダンスのワールドカップ”「KOD」の日本予選(HIPHOP部門)で優勝した。韓国でのアジア大会「KOD ASIA CUP」でも優勝し、翌年の世界大会「KOD」ではベスト4に入った。

「アジア大会を優勝した時は、飛び跳ねて喜びました。世界大会の結果は残念でしたが、それもいい経験で、今に生きていると思っています」

 

 踊るだけでなく、絵を描くことも好きなKarimはボランティア活動を通じ、世界とも関わりを持った。2019年秋、オーストラリアが森林火災で大規模な災害に遭った際、KarimはTシャツをデザインして販売し、その売り上げを寄付した。「人のために何か自分にできることはないか」と思ったら、行動せずにはいられなかったのだろう。

 

 誰がために生きる、ならぬ誰がために踊る――。それがKarimのダンス哲学なのかもしれない。

「もちろん自分のために踊っているところはありますが、“人のために踊りたい”という気持ちもある。それは“身近な人を喜ばせたい”との思いの延長線上にあるのだと思います」

 

 高校卒業後、Karimは世界へ飛び出そうとニューヨーク留学を計画していた。それはダンスをはじめエンターテインメントの本場と言われる街で、3カ月暮らすこと。その後、ヨーロッパに渡ってダンスを観たり、人と会い、見識を広げ、またニューヨークに戻るつもりというものだった。しかし、当時の2020年春と言えば、日本をはじめ世界中を新型コロナウイルスという未知のウイルスが襲っていた。Karimも留学を断念せざるを得なくなってしまったのだった。


「同じ境遇の人もいたかもしれませんが、当時はものすごく悔しかった。でも、今はそういう運命だったのかと割り切っています。今、Dリーガーとして活動させてもらえるのも、その時の悔しさが糧になっていますから」

 Karimはあまり下を向かない。それは人に弱音や愚痴を見せていないだけかもしれないが、彼が放つ“陽”のオーラは、このマインドに依るものではないだろうか。

 

 2021年には生まれ育った徳島から離れ、東京で数カ月暮らした。短い間ではあったがKENSEI(dip BATTLES=ディップ バトルズ)ら同世代のダンス仲間と出会い、切磋琢磨する日々を送った。

 その頃、日本発のプロダンスリーグD.LEAGUEがスタートしていた。一緒に踊ったことのあるダンス仲間も参加しており、配信を観ながらKENSEIと「オレらもこんなステージで踊りたいなぁ」と熱く語った日もあった。

 

“モヤモヤ”を晴らす電話

 

 東京の次に向かったのは、父の故郷であるモロッコだった。一時的な里帰りではなく、そこで暮らすことも視野に入れていた。

「モロッコでもD.LEAGUEを配信で観ていました。すごくモヤモヤした気持ちを抱えていた。自分の知っているダンス仲間が華やかなステージで踊っている。“自分もこの気持ちをどこかで解放したい!”と思っていました」

 

 そのモヤモヤを一変させる電話が入った。D.LEAGUE2シーズン目から新規参入するBATTLESからのオファーだった。ディレクターを務めるSHUHOからは「2週間後、日本に来られる?」と言われた。

 ほぼ二つ返事だった。その先にワクワク、ドキドキが待っているなら決断は迷わない。すぐに帰国便を手配し、日本へ舞い戻った。

 

 加入したBATTLESではリーダーとして21-22シーズンを戦い抜いた。

「リーダーという立ち位置は、生まれ初めてで、不安もたくさんありました。でもそれをかき消してくれるくらい、仲間の存在が心強かった。みんなに支えられて頑張れた1年でした」

 参入1年目でレギュラーシーズンは7位。順位(上位4チームまで)でのチャンピオンシップ(CS)進出はならなかったものの、5位以下のチームでオーディエンス投票トップというワイルドカード枠に滑り込んだ。2nd Trial Match.(1回戦第2試合)でレギュラーシーズン3位、このシーズンのCSを制するKOSÉ 8ROCKS(コーセー エイトロックス)に敗れたものの、Karimは「右も左もわからない環境でしたが、素敵な仲間に巡り会えて、楽しんで踊れました」と胸を張った。

 

 Karimに21-22シーズン、BATTLESでのショーケースで一番印象に残っているROUNDを聞くと、D.LEAGUEデビューを果たしたROUND.1を挙げた。

「ただただ踊って楽しかった。あっという間でした」

 ニューヨークの街中をイメージした作品で、最初はバラバラだった8人が、徐々に交わり合っていくストーリー。KarimのようにHIPHOPを得意とする者もいれば、LOCK、POPなど幅広いジャンルのダンサーが集まったチームのカラーが色濃く出ていた。

 無我夢中で駆け抜けたD.LEAGUEの1シーズン。Karimにとって、「あっという間」の月日だったのではないだろうか。

 

<この1年間dip BATTLESで、過ごした日々は本当にかけがえのないものでした。年齢、そしてダンスのジャンルも違っていて、どんな化学反応が起こるかワクワクが止まりませんでした。そんな中、リーダーに任命していただき、責任の重さを感じつつもdip BATTLESのダンス、メンバーをどんどん好きになっていきました。このチームに携わることが出来て、とても幸せでした>(D.LEAGUEオフィシャルサイト2022年7月29日配信)

 21-22シーズン限りでBATTLESとの契約が満了すると、Karimは新たなワクワクを求め、次のステージに向かう。舞台は同じD.LEAGUE。BATTLESと同じシーズンに新規参入していたLIFULL ALT-RHYTHM(ライフル アルトリズム)に加わることとなったのだ。

 

(最終回につづく) 

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Karim(かりむ)プロフィール>2001年5月14日、徳島県徳島市出身。本名は荒岡カリム。6歳でダンスを始め、11歳からストリートダンスを学ぶ。のちにダンスバトルの魅力に惹かれ、国内外の大会で結果を残した。2017年には、高校チャンピオンに輝き、同年KOD ASIA CUPで予選を勝ち抜き世界大会に出場した。21-22シーズンからD.LEAGUEに参戦。dip BATTLES(21-22)、LIFULL ALT-RHYTHM(22−23)と2季連続でチャンピオンシップを経験した。HIPHOPを得意とするダンサー。身長173cm。 

 

(文・写真/杉浦泰介)

 


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