阪東ヒーローの1日はアルバイトから始まる。「松井紙業」という会社で朝の7時から16時まで働いている。バイト4年目となるこの勤務先は、阪東のトレーナーを務める松井優の実家である。
 松井が阪東のトレーナーになったのは今から約3年前のことだ。
「減量が変わりました。それまでは普段は好き放題食べて、2週間飲まず食わずで6、5〜7キロを一気に落としていた。でも今は期間を3週間に伸ばし、栄養、カロリーを計算してもらって体にいいものを取っています」
 新しい減量方法は精神的にも好影響をもたらした。
「体調がいいと安心感があり、気分よく試合に臨めます。気持ちに余裕が出て、効果は大きいですよ」
 松井がついてからの阪東は、内山高志(ワタナベ)に敗れるまで5連勝と結果を残した。阪東にとって松井は欠かせない存在となっている。

 そしてもうひとり、阪東にとってかけがえのない存在が門田会長である。阪東が信頼を寄せるのは会長がみせる試合中の状況判断と的確な指示だ。
「インターバルでの指示に今まで何度も助けられました。攻め方や守り方、実践的なアドバイスをくれる。自分の代わりにリング全体を見てもらう目みたいなものですね」
 会長の長いボクシング歴で培われた眼力は阪東の大きな武器となる。会長、そして松井の“目”が阪東を助けるのは試合中だけではない。

「他の人の試合は観ないんです。普段はボクシングのことを考えたくないので」
 そう語る阪東は、対戦相手のビデオを観た会長やトレーナーの意見を信頼し、聞き入れる。作戦をたてるといったことはしない。
「1ラウンドでどんな選手か見て、攻め方を考えます。勘なんですが、向かい合うと感じるものがある。それを楽しみたいんです」
 阪東が対戦相手を研究をしないのは怠慢ではない。リングの上で相手を分析する“自らの目”と信頼を寄せる“2人の目”があるからだ。

リフレッシュは海で

「普段はボクシングのことを考えたくない」という阪東のリフレッシュ方法は海に行くことだ。波乗りと釣りをこよなく愛す。
「釣りは船でも、丘でもなんでもやります。愛媛の実家に帰った時は時間がなくてできませんが…… 今週末も熱海に釣りに行きます」

 オン、オフの切り替えがしっかりできている。それはジムの後輩、岩鬼城の話からもよくわかる。
「練習する時の集中力が凄くて、試合前は近寄りづらいくらい鬼気迫るものがあります。でも試合の1カ月くらい前までは飲みに連れて行ってくれることもあるんです」
 そんな阪東だから自然と応援する人間が集まる。後援会の名は「チーム・ヒーロー」。内山戦では大声援で阪東の背中を押した。

 しかし、その内山戦は結果的に判定で大差をつけられた完敗だった。明らかに今までの試合と比べて前に出る動きが少なかった。それは拳のケガの他にも理由があった。意図的に距離をとっていたのである。
「スタイルを変えたので、本来のしつこく前に出る動きができませんでした。2カ月ぐらい前から調整したんだけど、何年もやって染み付いたスタイルとどっちつかずでしたね」
 しかし、この挑戦は阪東のレベルアップの可能性を秘めているといえる。
「新しいスタイルと今までのスタイルを組み合わせられたら最高。それが今後の課題です」
 阪東の持ち味である前に出る動きと、相手に合わせる柔軟性を備えられればボクシングの幅も広がる。

 さらに阪東は新しい練習を積極的に取り入れている。普段の2時間半から3時間の練習のうち30分くらいの時間を「体幹トレーニング」に費やす。阪東が簡単にやってみせるバランスボールの上に立ってのシャドーボクシングは素人がやるのは想像以上に難しい。
「体の芯、腹で全体をコントロールできるように練習しています。何で今までしなかったんだろうっていうくらいバランスがよくなったし、重心が安定しました」

 精力的にトレーニングをこなす阪東だが、11月に28歳の誕生日を迎え、ボクサーとしてはベテランの域にさしかかる。それはトレーニングやボクシングスタイルに変化をもたらしたことと無関係ではないかもしれない。
「(27歳は)年ですね。周りはみんな結婚して子供が2人いたりしますから」
 少なからず焦りがあるのかもしれない。そんなこともあってか、プライベートな話を聞かせてくれた。
「内山選手に勝ってチャンピオンになったら結婚しようと考えていました。彼女には言っていなかったけど、付き合って4年になるので、そろそろかな、と」
 しかし、結果は判定負け。阪東は現在も独身である。
「自分が成功して、金を稼がないと養えないですから」

 ボクサー・阪東にとって「成功」とは――。
 多くのボクサーがそうであるように、ボクシングを始めた頃は世界チャンピオンを夢見ていた。しかし、あるボクサーと対戦して大きく変化する。その男の名は、エドウィン・バレロ(帝拳)。現在、WBA世界スーパーフェザー級の頂点に君臨するパンチャーだ。

(最終回に続く)

阪東ヒーロー(ばんどう・ヒーロー)プロフィール
本名は阪東浩徳。ファミリーフォーラムジム所属。1980年11月29日、愛媛県伊予郡出身。小学3年の頃に父親にジムに連れて行かれてボクシングと門田新一会長に出会う。中学卒業後、ジムの東京進出と同時に上京し、17歳でプロデビューを果たす。東日本新人王準優勝。05年9月、“賞金100万円”が懸かったエドウィン・バレロ戦の勇敢な戦いぶりが賞賛を集め、注目を浴びる。08年6月、自身初のタイトルマッチとなった一戦でOPBF スーパーフェザー級王者・内山高志に挑むが、惜しくも判定負けに終わる。プロ戦績は19勝8KO9敗6分。身長172センチ。





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