野坂昭如さんは大好きな作家だが、小説を読むようになったきっかけは新聞に出たコメントだった。多くの識者が凡戦と評する中、野坂さんだけが「あんな緊張感のある試合は初めて観た」とのコメントを寄せたのだ。「この人はスゴイ!」。高校1年生だった私は直感的にそう思った。

 1976年6月26日。アントニオ猪木対モハメド・アリの「格闘技世界一決定戦」が東京・日本武道館で行なわれた。ボクサーとレスラーの異種格闘技戦は何度か行なわれたが、現役のヘビー級チャンピオンがプロレスのマットに上がったのはこの1度きりだった。

 試合は序盤から異様な色に染められていた。ゴングが鳴ると同時に猪木はキャンバスに寝そべった。そしてアリの足めがけてローキック(後のアリキック)を放つ。一方のアリは一向に立ち上がってこない猪木の態度に業を煮やし、舌を出したりダンスを踊ったりして挑発した。

 迎えた10ラウンド、アリの左ジャブが猪木の顔面をかすめた。それだけで猪木の顔面にはアザができた。ローキックを浴び続けたアリは試合後、ホテルのエレベーターの中で引っくり返った。まさに斬るか斬られるかの真剣勝負だったのだ。

 噛み合わない試合ではあったが、真剣勝負とは噛み合わないものだということを初めて知った。まばたきすら許さない緊迫感と恐怖感。あの試合こそ他流試合の真髄だった。


※二宮清純が出演するニッポン放送「アコムスポーツスピリッツ」(月曜19:00〜19:30)好評放送中!
>>番組HPはこちら



◎バックナンバーはこちらから