メジャーリーグでは23日にワールドシリーズが開幕し、フィラデルフィア・フィリーズとタンパベイ・レイズとの熱戦が繰り広げられています。24日現在、1勝1敗と勝負はこれからとなっています。フィリーズが優勝すれば、80年以来28年ぶり2度目。一方、レイズが優勝すれば、創立11年目にして初の栄冠となります。特にレイズは昨季までは万年地区最下位チームだっただけに、ワールドチャンピオンともなれば大きな賞賛の声が寄せられることでしょう。
 ところで、なぜレイズはここまで強くなったのでしょうか。完全ウェーバー制をしくメジャーでは、弱小球団にはドラフトで能力の高い選手を優先的に指名する権利が与えられます。ですから、毎年のようにレイズには若くて優秀な選手が多く入ってきていました。ところがケガが多かったり、若さ故にプレーにムラがあり、なかなか本来の力を発揮することができていなかったため、チームとして機能しなかったのです。

 しかし、ここにきてようやく就任3年目を迎えたジョー・マドン監督の考えがチームに浸透したように思います。「とにかく1ゲーム、1ゲーム集中していこう!」「絶対にプレーオフに出るぞ!」という明確な方針が選手たちの迷いを吹っ切ったのです。また、伸び悩んでいた中堅の選手をトレードに出し、若手を積極的に起用したことも理由の一つとして挙げられます。

 加えて、アメリカンリーグ2位の防御率3.82をマークした投手陣の安定ぶりには目を見張るものがありました。これはキャッチャーを固定できたことと、クローザーとして活躍したセントルイス・カージナルスから移籍してきたベテランのトロイ・パーシバルの存在が大きかったのだと思います。

 メジャーに旋風を巻き起こしたと言っても過言ではないレイズの躍進。それに大きな影響を及ぼしたのが、岩村明憲選手です。今季はチーム最多の146試合に出場し、打率こそ.274でしたが、出塁率は.349とトップバッターとしての役割をきっちりと果たしました。また、相手投手に投げさせた球数はリーグ2位という成績も残しています。ヤクルト時代はシーズン三振数の日本人記録をもつ岩村選手ですが、出塁への意識が強くなったことで自ずと粘りが出てきたようです。トップバッターの粘りは相手投手にとっては嫌なもの。逆にチームメイトには「なんとか塁に出たい」という気持ちが伝わり、その後の打線の奮起につながります。ですから隠れた記録ではありますが、試合の大事な要素の一つとなったと思います。

 また、アウトコースに対して非常に強くなったことも挙げられます。昨季まではストライクと思ったボールが外れていたり、逆にボールだと思っていたのにストライクをとられたりと、ボールの見極めに対してとまどいを感じていたように見受けられたのです。しかし、今季の岩村選手はボールに対して素直にバットが出ています。立ち位置などを試行錯誤していることもありますが、何より気持ち的な部分が大きいのだと思います。「とにかく自分が打てると思った球を自信をもって打ちにいく」という本来のスタイルを取り戻したのです。

 また、打順が1番になったことも影響しているでしょうね。2番だった昨季は、ポイントゲッターという意識が強かったと思います。メジャー1年目で結果を残したかったこともあって、それまで日本でやってきたクリーンアップのバッティングをしていました。しかし、今季はトップバッターを任されたことで、自分が出塁することだけに意識を集中させることができました。そのため、楽な気持ちで打席に立てているのです。それがバットの出をよくしていることにもつながっているのでしょう。

 サードからセカンドにコンバートした守備についても申し分ありません。昨季までミスの多かった内野が締まり、センター線が安定したことでマドン監督が目指していた“守り勝つ”野球ができるようになりました。マドン監督が名指しで岩村選手を褒めることもししばありました。投手陣が安定していたのも、バックを信頼できたからこそピッチングに集中できたということもあったのだと思います。

 岩村はチームメイトや地元ファンからも非常に慕われていますね。彼のヘアースタイル“モヒカン”が人気を博していることもその表れの一つです。マドン監督さえもチーム一丸とばかりにモヒカンにしたくらいですから、指揮官からも絶対的な信頼感を得ていることは明らかです。若い選手が多いチームにとって、今や岩村は精神的にも技術的にも欠かせない存在なのです。

 そんな岩村の活躍はレイズの悲願のワールドチャンピオン達成には絶対必要です。ポストシーズンに入っても、打席に立つ岩村の表情には自信が満ち溢れています。たとえ安打が出なくても、チームにとって重要な役割を果たしてくれることでしょう。フィリーズ、レイズ、どちらが優勝するかはまだまだわかりませんが、フィリーズの投手陣と岩村選手との対決を注目しながら、残りわずかとなったワールドシリーズを楽しみたいと思います。
 

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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