Qちゃんこと高橋尚子が最後に輝いたレースについて書いてみたい。2005年11月20日、東京国際女子マラソン。レース前々日、Qちゃんは右脚に3カ所の肉離れがあることを公表した。

 マラソンランナーなら、誰でも人に言えない故障をひとつか二つは抱えている。足が痛くても何くわぬ顔でスタートラインに立つのが彼らの習性だ。敵にわざわざウイークポイントを知らせるというのは余程のことだ。

 この時点で私はQちゃんの完走は無理だと判断した。2年前には上り坂の39キロ地点でエチオピアのエルフィネッシュ・アレムに抜かれ、アテネ五輪への出場権を失っている。彼女にとっては鬼門のコースだ。

 ところが、である。この日のQちゃんは用意周到だった。アレム、バルシュナイテ(リトアニア)という2人のライバルの足色をじっくりと窺い、35キロ過ぎ、満を持してスパートを仕掛けた。坂の手前で、溜めていた力を一気に解き放ったのだ。

「オセロでいえば、黒いところをすべて白にかえることができた」
 会心の笑みを浮かべてQちゃんは言った。

 Qちゃんが「オセロ」をたとえに用いたのには訳がある。2年前は上り坂で失速し、アテネ五輪を棒に振っている。彼女にとって東京の上り坂は単なる「勝負の坂」ではなく、越えなくてはならない「人生の関所」だったのである。

「暗闇に入っても夢を持つことで1日1日が充実する」
 ファンへのメッセージは、あたかも自身への励ましのように聞こえたものだ。


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