前回、今年の日本シリーズは、どうも観ようという気分が盛り上がらない、と書いた。11月は野球シーズンではない。ペナントレース、クライマックスシリーズ、日本シリーズの日程の間隔を詰めないと、観る側も間延びしてしまうではないか、と。
 その自説を変えるつもりはない。日本一チームは10月末までに決める日程にするべきである。ただし、第1、2戦あたりは、どうにも盛り上がらなかった日本シリーズは、終わってみれば、めちゃくちゃ面白かった。その原因は、埼玉西武ライオンズが連勝して逆転日本一を決めた第6、7戦にある。

 面白くなりそうな兆しが見えたのは第4戦である。結果としてMVPに輝く岸孝之が、巨人を完封したのである。前回もこの第4戦までは触れたが、ストレートの伸びが印象的なピッチングであった。ただし、盛り上がったのは、この試合の後からである。第5戦を巨人がとって、3勝2敗で王手。このまま巨人が押し切って4勝2敗で日本一かな、というのが大方の見方ではなかっただろうか。

 簡単に経過だけ振り返っておこう。
 第6戦、西武先発は帆足和幸。2回に1失点して本調子ではないと見るや、渡辺久信監督は4回途中から、なんと岸を投入。第4戦の完封劇から中2日である。岸は91球で9回まで投げ切り、初回の3点がきいて4−1で西武勝利。これで3勝3敗。

 第7戦。見どころは再び西武の投手起用である。先発西口文也2回、石井一久2回、涌井秀章2回、星野智樹1回、グラマン2回。要するに先発投手をたて続けに3人、2回ずつ投げさせて、序盤の西口の2失点のみで凌ぎ、3−2で勝利したのである。思い出してきましたか?

 この6戦、7戦を観た人は、やっぱりすごく楽しかったのではないだろうか。事実、第7戦は平均視聴率28.2%(関東地区)と今季最高を記録している。
 例えば、第6戦なら8回裏、巨人の攻撃。1死一、三塁で打者ラミレスの場面。4−1で西武リードとはいえ、打たれたらさすがの岸も崩れるかと思われた。緊迫度は最高潮。ここを凌いだのが大きかった。

 今や、岸と言えば、第6戦で有効だった大きなカーブが代名詞のように言われる。ただ、おもいだしてみても、あのカーブがシーズン中もあれほど有効だっただろうか、とちょっと不思議な気分ではある。おそらく、中2日の疲れが体に残っていて、手足の筋肉が緩んだ状態だったため、この日のカーブはシーズン中にもまして特別によく曲がったのではないか。日本シリーズならではのギャンブル性の強い起用が生み出した魔球だったような気がしてならない。いずれにせよ、シリーズの最大のポイントだった。

 続く第7戦のハイライトは、西武の投手リレーのほかに、もう一つある。
 1−2と1点ビハインドで迎えた8回表、西武の攻撃。無死から死球で出た片岡易之が初球に二盗成功。ちなみに、この「初球成功」というのがすごい。同じく足を使った攻撃をかかげる我が広島カープにも、赤松真人や天谷宗一郎など、俊足ランナーはいる。しかし、彼らは今季、こういうケースで、必ず初球は様子を見た。何球も待ってはサインを確認し、牽制をもらい、2−3まできてようやくスタートとか、そんなシーンを山ほど見てきた。これが、スピード野球をかかげているわりには、広島カープの攻撃からスピード感を奪った原因である。1点リードを許した8回という、絶対失敗できないケースで初球に成功した片岡の盗塁技術は、素晴しいものである。

 で、栗山巧が送って1死三塁。打者は、故障で満足にバットの振れない中島裕之。中島がスイングするのとほぼ同時に片岡がスタートをきってホームに突っ込み、同点(中島はサードゴロ)。このあと中村剛也敬遠、野田浩輔四球、平尾博嗣のタイムリーで逆転。

 中島と片岡の間で行われたのは、いわゆる「ギャンブルスタート」と呼ばれるプレーである。
 第6戦の岸投入、7戦の先発投手3人起用とギャンブルプレーでの同点劇。いわば退路を断った果敢な作戦が次々に繰り出され、成功する。そりゃ、観ていて面白いです。ワクワクする。

 一方の巨人は王道野球。先発投手の次は、きっちり強力な中継ぎが登板する。
 要するに、6戦、7戦は、構図がはっきりしていたのである。巨大戦力で横綱相撲の巨人に対して、西武は奇襲あり、ギャンブルあり、いわばけたぐりで大逆転を狙う。けたぐりというと、西武の方が実力が劣るようで失礼な言い方かもしれないが、そういうことを言っているのではない。王道に対して、奇襲が見事に決まる鮮やかさ、痛快さ。これである。

 ちなみにこの試合、1回にも同じシーンがあった。このときはいわゆる「ゴロ・ゴー」というやつで、中島の打球がころがる(ショートゴロ)のを見て片岡がスタートを切り、アウトになっている。それでも8回に、バットにボールが当たると同時にスタートするギャンブルスタートで得点したのだ。お見事!

 ちなみに有本義明さんによると、「ゴロ・ゴー」は阪急全盛時代に、当時の上田利治監督が編み出した作戦だそうだ(有本さんは、「ギャンブルスタート」と「ゴロ・ゴー」は同義とされている。スタートのタイミングで使い分けるか否か、人によって異なるようだ)。
 ところが、おもしろいことに、「なぜか関西ではやったこの作戦」は、V9時代の巨人では「ついぞ一度も用いられたことはない。……プライドや沽券にかかわるとでもいうのだろうか」(「昨日、今日、明日」スポーツニッポン11月11日付)。

 へーえ。さすが、大ベテラン評論家、知識の蓄積が違います。「王道」巨人に挑みかかるライオンズという第6、7戦の構図が、歴史の向こうにほの見えるようないい話だ。

 ちょっと、話がそれてしまいました。
 映画でいえば、『メジャーリーグ』ですね。とにかく、いろんな戦術を繰り出して、大きな相手をやっつける。スポーツを観る痛快さが詰まっていたから、第6、7戦は面白かったのだ。

 例えば、北京オリンピック。多くの日本人は、北島康介の快挙に酔ったのかもしれない。しかし、個人的には、バドミントンが面白かった。といっても“オグシオ”じゃないですよ。“スエマエ”である。

 末綱聡子、前田美順ペアは、世界ランク1位の中国ペアと当たった。相手は地元、しかも世界No.1。こっちはド・アウェー。勝ち目はない。ところが、途中から、スエマエに奇跡的な好プレーが出始める。それに合わせるように中国ペアにミスが出る。まるで引き潮と満ち潮みたい。大番狂わせが起きる時というのはこういうものなんですね。ワンプレーごとに期待と興奮が増していった。勝利が決まった後、二人が完全にシンクロして、二つの団子みたいにまったく同じ形でコートにうずくまっていたのも忘れられない。あのとき、それくらい特別な瞬間がおとずれていたのである。大逆転劇の魔力とは、そんなものなのだろう。こういう非日常的な醍醐味を味わいたくて、人はスポーツを観るのではないだろうか。

 ところで、福島良一さんによると、メジャーリーグ史上、いまだに語り継がれる伝説に、1967年のボストン・レッドソックスの快進撃があるそうだ。前年まで2年連続10チーム中9位に低迷していたレッドソックスは、この年、「9月6日時点で4球団が首位に並ぶ激しいペナント争いに参戦。……シーズン最終日にツインズを破って劇的なリーグ優勝。世に言う「インポッシブル・ドリーム(見果てぬ夢)」に人々は熱狂し」たという(「福島教授のメジャー検定」日刊スポーツ9月10日付け)。
 いまや常勝といってもいいレッドソックスにも、こんな歴史があったのですね。

 ところで、「リーダーズ英和辞典」によると、“an impossible dream”は「かなわぬ夢」である。「見果てぬ夢」とは「終わりまで見終わらない夢」である(「日本国語大辞典」)。
 私は来季、「見果てぬ夢」の続きをみる資格のある球団があると思っている。

 そう。広島カープである。市民球場のラストイヤーといういわば「神風」にのって、3位争いをしたけれども、結局4位に沈んだ。しかし、取り壊される予定という市民球場は、やはり、もう一度、カープの優勝を見たかったのだ。それを、ラストセレモニーで、ファンも選手も約束したのだ。これは、「かなわぬ夢」ではない。市民球場の、そして、ファンと選手の「見果てぬ夢」である。

 カープは過日、大エースというべきコルビー・ルイスと来季の契約を交わした。赤松、天谷ら俊足の打者も成長し、前田健太、斎藤悠葵、篠田純平という若手3本柱も成立するかもしれない。
 すべては、市民球場が残してくれた「見果てぬ夢」のかけらである。

 1967年のレッドソックスが演じたような快進撃を、西武ライオンズがみせたような痛快な大逆転劇を、スエマエが実現して見せた奇跡を、来季こそ実現する気概をもちたいものだ。

 もちろん、巨人は強い。圧倒的に強い。巨大戦力に若手まで急成長してきて、常識的には手がつけられない強さだろう。だからこそ、大逆転劇の可能性は、芽生えるのだ。そのためには、当然、赤松や天谷が、先の片岡のように、一発で盗塁を決められるところまで成長することなど、条件はたくさんあるが。

 あるいは、世代交代期に入りそうな中日や阪神ではなく、東京ヤクルトや、屈辱の最下位に甘んじた横浜の逆襲だって、その可能性はあるかもしれない。
 来年のペナントレースには、今年の日本シリーズ第6、7戦や、北京オリンピックの“スエマエ”のような興奮が訪れることを、期待する。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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