松坂大輔(レッドソックス)、ダルビッシュ有(北海道日本ハム)、岩隈久志(東北楽天)という先発3本柱は、さすがにそこそこ通用するのではないだろうか。もちろん、3月に開催される第2回WBCの話である。
 ダルビッシュは北京オリンピックでキューバに打たれたじゃないかって? いや、その考え方は間違っている。予選で少し打たれたくらいで準決勝に先発させなかった監督の起用法の問題でしょう。あのような方式の国際大会では、準決勝は何をおいてもエースと心中すべきだ。それより何より、「WBCを北京のリベンジの場と考えるような発想」はやめないといけませんね。イチローさんのおっしゃる通り。イチローのあの発言は、WBCを考える際のいわば「オッカムの剃刀」になる。要は、余計なことを削ぎ落として、本質だけ考えろ、ということだ。
 この場合、本質とは日本野球はいかにすればWBCで世界に通用するか、あるいは再び世界を制することができるのか、この一点に尽きる。

 冒頭に戻れば、原辰徳監督が明言している松坂、ダルビッシュ、岩隈の先発3本柱は問題あるまい(というより、ここが崩れるようでは、とうてい戦えない)。
 リリーフ陣はどうか。昨年12月15日に発表された代表候補リストを見ると、クローザーは藤川球児(阪神)、斎藤隆、馬原孝浩(福岡ソフトバンク)。中継ぎで山口鉄也(巨人)が入っている。
 うーん。馬原も斎藤も去年は肩、ヒジの故障で苦しんだのではなかったかなぁ。藤川は北京オリンピックで自信なさそうに投げて打たれたし。おっと、北京は「オッカムの剃刀」でした。
 とはいえ、おそらく先発陣の中から誰かをリリーフにまわす構想だろうし、投手は基本的には通用するものと考えたい。

 これまでの国際大会でいつも日本代表が苦しむのは、投手陣が大量失点をするからではない。ロースコアの接戦になって、点が取れないからである。日本を代表する強打者を集めたはずなのに、どうも打線が爆発しない。
 この事情を最も簡潔に表現したのは、第1回WBCの時の王貞治監督の言葉だということは、これまで何度も申し上げてきました。
「3、4、5番にホームランがなく、破壊力を発揮できなかった」
 と、おっしゃったのである。優勝したというのはあくまで結果論であって、本質を射抜いているのは王さんの言葉の方である。

 だからといって、日本人打者に、アメリカのライアン・ハワード(フィリーズ)やドミニカのデビット・オルティーズ(レッドソックス)のような巨漢になって、特大ホームランを連発せよというのは、どだい無理な話である。だったら、キューバ打線を見習ったらどうか、と主張してきた。キューバの打者は、パワーというよりもスイングによって、ボールを遠くへ飛ばす。しかも、国際大会で最も安定的に打線が破壊力を見せつける国である。

 で、注目したい打者がいる。
 昨年、3割7分8厘という右打者のプロ野球史上最高打率で首位打者に輝いた内川聖一(横浜)である。
 内川は、なぜ突然、化けたのだろうか。本人は、右足(軸足)に体重を乗せて、引きつけて一気にガンと打つようにした、と打撃開眼について説明している。もちろん、そういうことなのだろうが、もう少し観察者の視点で迫ってみたい。

 去年、内川の打席を見ていていつも感じたことがある。あ、詰まった! あ、遅れた! と思った瞬間にバットが出てくるのだ。詰まって内野ゴロだろうと思うと、意外に球足が速く、センター前に抜けていく。あるいは右中間にライナーが飛んでいく。
 一つの例をあげたい。シーズンも大詰め、いよいよ首位打者を確定できるか、という昨年10月6日の広島−横浜戦での打席である。

 第1打席(投手・篠田純平) 初球のインローを詰まってライトフライ
 第2打席(同)3球目 インハイに詰まったかに見えたがセンター前ヒット
 第3打席(投手・大竹寛)2球目 ライト前ヒット
 第4打席(投手・梅津智弘)4球目 インコースのシュートをライトライナー

 すぐに気づくことだが、いずれの打球もセンターから右へ飛んでいる。何より興味深かったのは、実は第2打席の2球目である。アウトローのストレートをライトスタンドへライナーのファウルを打っている。
 ありがたいことに、テレビがこのときのスイングを横から撮影した映像を流してくれた。
 それをよく見ると、右足に体重を乗せた後、当然、左足がステップする。そのステップした左ヒザのあたりにバットが振り下ろされ、そこでボールをとらえているのがよくわかる。ただし、この時のスイングは、さらによく見ると、実際には左ヒザよりもう少し体寄り、つまり大腿部の左ヒザと股間節の中間点あたりでバットがボールをとらえてしまっている。その分、さすがに詰まってファウルになったのだろう。

 つまり、内川としては、おそらくステップした左ヒザの内側くらいのポイントでボールをとらえる感覚なのではないか。これが打撃開眼の要諦ではないか。
 ただし、それだけではない。そうやって、やや詰まり気味にとらえたボールを、こんどは外野まで飛ばさなくてはならない。この打法には、とらえたボールをスイングの力で前に、遠くに飛ばす力も要求される。
 そして、これこそが、キューバ打法だと思うのである。キューバの打者を見ていると、遅れたかなと思うくらいボールを待ってからボールをとらえると、えぇっというくらい飛ばす。内川の3割7分8厘には、おそらくその要素が埋め込まれているのである。
 WBCではこのような打者こそ、ぜひスタメンで使ってほしいものだ。

 同様の理由で、栗原健太(広島)も、ぜひスターティングラインアップに入れたい打者である。内川ほどの実績はないし、候補には入ったが、最終的に代表に残れるかどうか、おそらく当落線上くらいの評価に違いない。
 しかし、彼のスイングも、あ、遅れたか、というタイミングからグワッとバットが出てくる。だから、右中間に大きい当たりを打てる。打率も残せる。国際大会で、確実に結果を残せるスイングのはずである。

 今回の日本代表は「侍ジャパン」という愛称がつけられたそうだが、端的に言えば「イチロー・ジャパン」である。イチロー(マリナーズ)が常に中心となって勝ちにいく。原監督はそのサポート役くらいの役回りを演じきることが、むしろ得策なのかもしれない。
 どんな国のどんな投手と当たっても、イチローだけは警戒され、恐れられ、流行の言葉を使えばリスペクトされるに違いない。カギは、イチロー以外の打者が、どこまでキューバ的な破壊力を発揮できるかである。
 以下、愛と偏見に満ち満ちたオーダー私案を発表してみます。

1(中)青木宣親(東京ヤクルト)
2(左)内川聖一(横浜)
3(右)イチロー(マリナーズ)
4(一)栗原健太(広島)
5(二)岩村明憲(レイズ)
6(三)村田修一(横浜)
7(DH)阿部慎之助(巨人)
8(遊)中島裕之(埼玉西武)
9(捕)細川亨(同)

 イチローは、前回の準決勝、決勝が3番で成功したし、3番打者は左の最強打者が理想というのが持論なので3番。といいながら、実は一部に流布している「2番打者最強説」という発想も好きなので、内川を2番に入れたい(だから、今でも広島のマーティ・ブラウン監督が就任直後にやった2番前田智徳という打順を支持している)。4、5番は栗原、岩村と並べれば、どちらかが打点を稼いでくれるのではないか。村田は4番より6番くらいの方が楽に打てて、ホームランも出やすいのではないか。これなら、1番から8番までジグザグ打線だし……。
 もちろん、あくまでも“超”私案。100人監督がいれば、100通りのオーダーができるに違いない。
 いずれにせよ、いかに「破壊力を発揮できる打線」をつくるか。これが、日本野球の最大の課題である。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
◎バックナンバーはこちらから