ボクシングで若者に勇気を与えたという点では、おそらく彼が一番ではないか。元WBA世界フライ級王者・大場政夫。私の世代の男子で、彼のファイトに影響を受けなかった者はいないといっていい。

 1973年1月2日、日大講堂。大場、5度目の防衛戦の相手はタイのチィチャイ・チオノイ。テクニックに秀でた老雄だ。

 波瀾は初回に訪れた。まだエンジンがかかっていなかったのだろう。スロースターターの大場はチィチャイの右フックをくっていきなりダウン。これがドラマの幕開けだった。

 不意打ちをくらった大場はヨロヨロと立ち上がったが、明らかに右足の様子がおかしい。ダウンした際、右足首を捻挫してしまったのだ。このラウンドは何とか持ちこたえたものの、残り11ラウンド、どう戦うのか。

 ところが23歳という若さの為せる業か、足を引きずりながらも大場は徐々にペースを取り戻し始める。基本に忠実なワンツーで距離を測り、接近してからは傷めた軸足に負担のかかるアッパーまで打ち始めた。

 そして迎えた12回、大場は鬼のような形相でタイ人に襲いかかる。暴風雨のような連打でチャチャイを棒立ちにさせ、執念の逆転KO劇を演じてみせたのである。

 しばらく経ってから思ったものだ。初回の不覚のダウンは、実は大場が試合を劇的なものにするために無意識のうちに書いたシナリオではなかったか、と……。

 この23日後、大場は首都高で事故死する。享年23。愛車のシボレー・コルベットは買ったばかりのものだった。

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