第41回 幻のスラッガー 〜1978,April〜

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 阿久沢毅という野球選手の名前は、余程の高校野球ファンでない限り知らないだろう。かつて私は彼を「高校野球史上最強打者」に指名したことがある。

 もしプロの世界に身を投じていれば、プロ野球史に名を残すようなバッターになっていたのではないか。まさに“幻のスラッガー”だ。

 1978年4月3日、桐生高校(群馬)の主砲・阿久沢は準々決勝の郡山(奈良)戦でライトスタンドにライナー性の打球を叩き込んだ。これは1958年の第30回大会で王貞治が記録して以来20年ぶりの2打席連続ホームランだった。

<2本の本塁打は最初が左翼、この日が右翼と分けたのも当時の王にそっくり>
 当時の朝日新聞夕刊はそう伝えている。

 こんな打球を高校生が打てるのか……。テレビを観ていた私はショックを覚えたものだ。

 数年後、どうしても本人に会いたくなって桐生を訊ねた。阿久津は母校の野球部監督をしていた。

「実をいうと2本目のホームランは大変なショックでした」
 会うなり阿久沢は意外な感想を口にした。「逆風だったとはいえ、バットの真芯でとらえたボールがライトスタンドに届かなかった。ラッキーゾーンでワンバウンドした打球が、スタンドのフェンスに当たるのが見えたんです。何だ、僕のパワーもこんなものか。そう思うと素直に喜ぶ気がしなかった。むしろ、悔しかったですね」

 彼こそ規格外の怪物だった。加えて足も速かった。北関東で野球人生を終わらせるには、あまりにももったいない素材だった。

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