大相撲初場所で見事な復活優勝を遂げた朝青龍。場所前は「引退勧告」さながらの報道でヒールイメージの彼も瀬戸際という雰囲気だった。武蔵川理事長をはじめ関係者も批判的なコメントを発し、「彼はもう終わり」という流れが本流だったが……。そんな中での優勝に彼自身も相当嬉しかったのか、勝った瞬間のガッツポーズ、その後のインタビューも終始笑顔。ヒールのはしゃぎぶりが少々可愛く見えたのは私だけであろうか。
 その直後から例の「品位問題」。「土俵上のガッツポーズは横綱の品格にそぐわない」という物言いがついてしまった。確かに武道においてガッツポーズは珍しいし、敗者に対しての心遣いを重んじる武道においては褒められるものではない。

 聞いた話では、剣道などはガッツポーズをしたら「一本」を取り消されるとか。欧米の人間が聞くとわかりにくい、微妙なルール(マナーというべきか?)で、スポーツと武道には大きな境目があるようだ。とすると柔道は武道からスポーツに移行したと言えるし、剣道はスポーツでなく武道だということになる。さて、相撲は……このガッツポーズ問題が出ている時点で、スポーツでなく武道ということなのだろう。

 それにしても、朝青龍にいまさら「品位」という問題を突っ込んでくる横綱審議委員会にもちょっと笑ってしまう。彼のそんなキャラクターを知って横綱に推薦したのでは? そもそも、そんなおとなしい朝青龍なんて見ても面白いのだろうか? 白鵬のようにおとなしい、静かな関取ばかりだったら、はたしてここまで盛り上がったのか?

 このところ低迷を続けてきた大相撲も、この初場所は7日も“満員御礼“が出たという。これが朝青龍効果というのは誰の目にも明らかで、日本相撲協会も横審も痛しかゆしというところ。暴れん坊のおかげで騒ぎは起こるけど、暴れん坊のおかげで興行は成功するという皮肉な現象だ。

 もし、朝青龍が一部の人が望んだようにこの場所で引退したら、来場所からの興行収入が厳しいのは目に見えている。暴れん坊は暴れん坊らしく、ヒールはヒールを演じてくれる方が、品行方正な力士も引き立ち、見ているほうも面白いというもの。伝統を重んじている方には申し訳ないが、朝青龍にはこれからもヒール役を期待したい。

 そのあたりをふまえてみると、こんな考えも浮かんでくる。もしかして、朝青龍の品行の悪さが直らないことは横審として十も承知。彼を揶揄してその反響があったり、世間が騒いだりして興行に結びつくことを計算しているとしたら……知識豊富な方々が集まっている組織なのでそんなこともあるかもしれない。とすると、相撲の未来も暗くないと思うのだが!?

 それよりもっと大きな問題は、そんな引退間際の横綱に誰も勝てなかったということだ。スポーツの世界においてベテランが活躍しすぎるのは、若手が成長していないことを意味する。今回の優勝は、まさにそれを証明してしまったのではないだろうか。

 無論、朝青龍だって、この窮地に指をくわえて見ていた訳ではない。横綱のプライドにかけて歯をくいしばって準備し、覚悟を決めて臨んだ場所だったに違いない。だからこそ優勝が決まった瞬間のガッツポーズ。あれは「やりたい」とかという意思の問題ではなく、明らかに反射的に出てしまったものだ。

「そんなものが出ているようでは修行が足りん」と言われてしまえばそれまでだが、そんな修行が足りん奴に勝てる奴がいないのが問題だろう。彼があと数年以内に引退することはほぼ間違いない。その時に大相撲界を背負って立つ力士がいるのか〜。

 彼のガッツポーズより憂いることは他にあるはずだ。


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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