241戦して232勝(228KO)5敗。勝率9割6分3厘。驚異的な数字である。“キックの鬼”と呼ばれた沢村忠が残したものだ。

 沢村忠と言えば、代名詞は真空飛びヒザ蹴りだ。相手をロープに詰め、ガードにスキが出た瞬間を見計らって飛び上がり、アゴ目がけてヒザをブチ込むのだ。

 すると、どうだ。相手は鉄砲で撃ち落された鳥のように無抵抗のままマットに沈むのである。出来過ぎといえば出来過ぎだが、沢村のフィニッシュほどカタルシスを覚えるものはなかった。

 ところがこの一戦は逆だった。完膚なきまでに叩きのめされ、タンカで運び出されたのは沢村の方だった。

 1975年7月19日。当時、高校1年生だった私はいつものようにテレビの前に座っていた。もちろん沢村の豪快なKOシーンを見るために。

 相手は東洋ウェルター級1位チューチャイ・ルークパンチャマ。看板倒れのタイ人が多い中、この男は本物のムエタイ戦士だった。強烈なハイキックで試合をコントロールし、ついに4ラウンド、右ストレートで沢村をキャンパスに沈めてしまったのである。

 こんな衝撃を味わったのは、それこそウルトラマンがゼットンに倒されて以来だった。目の前の出来事が私には理解できなかった。あのチューチャイの右ストレートは“掟破り”だったのか、それとも偶然だったのか。未だにその謎は解けない。

※二宮清純が出演するニッポン放送「アコムスポーツスピリッツ」(日曜17:30〜18:30)好評放送中!
>>番組HPはこちら



◎バックナンバーはこちらから