昨日は周知の通り、原辰徳監督率いる日本代表が決勝で韓国を延長の末に破り、WBC連覇を達成しました。皆さんの中にも“侍ジャパン”に魅せられ、喜びを爆発させた人も少ないないでしょう。日本野球界にとっても大きな財産となったことは言うまでもありません。確かにWBCの大会運営についてはさまざまな問題点が挙げられていますが、この大会をきっかけに世界の野球がより発展してくれることを願ってやみません。また、オリンピックの野球復活の足がかりとなってもらえればと思っています。
 さて、WBCは閉幕しましたが、野球の季節はこれからが本番を迎えます。NPBではセ・パ両リーグともに4月3日(金)にシーズンがスタートします。昨シーズンは渡辺久信監督率いる埼玉西武が思い切りのいい野球で見事、日本一を達成しました。果たして2009年はどんなシーズンとなるのでしょうか。そこで今回は両リーグともに注目の投手、野手を挙げてみたいと思います。

 まずはパ・リーグですが、投手では私が今シーズン最も活躍を期待しているのが田中将大投手(東北楽天)です。プロ3年目となる今シーズン、岩隈久志投手と共に楽天投手陣の柱となることは言うまでもありません。先のWBCでも登板機会は少なかったものの、非常にいいピッチングをしていましたね。予想していた以上にレベルアップしているなと感じられました。

 といっても、球速やキレ、コントロールといった技術的なことが変わったというわけではありません。一番の成長は気持ちです。WBCでのピッチングを見ていても、ボールに魂が乗り移っていました。というのも、オリンピックやWBCのような短期決戦では、ペナントレースとは異なり、絶対に負けられない試合が続きます。それだけにプレッシャーも大きいはずです。そのため、ゲームに入る時のモチベーションの高さ、ピンチにも慌てない冷静さを常にもっていなければならないのです。

 昨シーズンまでの田中投手のピッチングを見ていると、自ら相手にビックイニングを与えてしまうことがありました。ランナーを背負った時ほど、彼本来の強気のピッチングが出てきたりするのですが、ピンチを招く前に、つまり最初からランナーを背負ったときのような緊張感を持って臨めれば一番いいわけです。北京五輪、WBCと貴重な経験をしたことで、田中投手もそうしたメンタル面を学び、そして身に付けたことでしょう。それがペナントレースにもいかせれば、これまで以上の活躍をしてくれるのではないかと思っています。

 同じ高卒でプロに鳴り物入りした右腕といえば、松坂大輔(レッドソックス)投手ですね。松坂のプロ3年目の成績は、15勝15敗。高卒では史上初となる1年目から3年連続での最多勝、そして沢村賞を受賞しています。もうこの頃には自他共に認める球界のエースと言っていいのではないでしょうか。私は田中投手の素質の高さは松坂投手に匹敵するものがあると思っています。ですから、彼が松坂投手にどれだけ近づけるのかに着目しながら見ていきたいと思っています。

 野手では中日から楽天に移籍した中村紀洋選手です。彼とは近鉄時代、7年間一緒にプレーしましたが、本当に野球に熱い男です。最大の魅力であるパワフルなバッティングは、35歳の今も健在。しかし、様々な苦労をしてきたからでしょう。昔のような傲慢さがすっかり削ぎ落とされました。そして、中日での2年間で“個”から“組織”へとプレースタイルが変わりました。「チームが勝つために自分は何をすべきか?」ということをより考えたバッティングが中日時代には数多く見受けられたのです。

 こうしたリーダーシップを執れるベテランの存在は、特に楽天のような伸び盛りのチームには必要不可欠。野村克也監督が彼を獲得したのも、若手へのいいお手本となってくれることを考えてのことでしょう。大ベテランの山崎武司選手との相乗効果にも期待したいですね。

 一方、セ・リーグの方ですが、投手ではこちらも大ベテラン、工藤公康投手(横浜)です。工藤投手は今シーズンでプロ28年目。これは日本プロ野球史上最長記録でもあります。プロ意識の強い工藤投手ですから、トレーニングの厳しさも有名です。40歳を超えてもなお140キロ台のスピードが出るのは、その賜物以外なにものでもありません。彼が若手に与える影響は大きく、何をアドバイスをするというよりも、一線で投げているだけで若手が学ぶべきことは多いはず。チームメイトはもちろん、他球団の選手にもぜひ彼の生き様を見て多くのことを学んでほしいと思います。

 しかし、横浜に移籍してからの工藤投手は苦労の連続です。昨シーズンはヒジの故障で1軍での登板は1試合のみ。自身では23年ぶりの未勝利に終わってしまいました。マウンドに上がれない時期が長かっただけにプロ入り後、最大の苦しみを味わったのではないでしょうか。

 ボール自体は問題ありませんし、スタミナも十分にあります。あとはどうコンディションを整えていくかでしょう。横浜の投手陣は今、伸び盛りの若手が多い。それだけに首脳陣が工藤投手に寄せる期待も大きいのではないかと思います。ぜひ、奮起した姿を見せてほしいですね。

 野手の方では、鳥谷敬(阪神)です。実際、春季キャンプを視察しましたが、順調に仕上がっているようです。どの評論家に聞いても「今年はいいね」とプラスのコメントしか聞かれません。

 といっても、特にフォームが変わったというわけではありません。強いて言うなら、構えがどっしりとしてきたような印象を受けます。おそらく下半身が鍛えられたからでしょう。非常に安定感があり、ボールへの受け方が良くなっています。そのため、昨年まではタイミングが合わない日は、もう最後まで合わなかったのが、今では最初の1、2打席目は合わなくても、最後には合わせられるようになってきています。

 今シーズン、鳥谷は3番を任せられる予定です。3番といえば、チーム一の好打者。ある時はポイントゲッターとなり、ある時にはチャンスメーカーにもなる。場面場面で役割が変わってきますので器用さが必要とされますし、上位打線から4、5番の強打者につなぐ重要な打順です。打線が機能するかどうかのポイントともなってくるでしょう。

 自分に委ねられた責任の重さを彼はよくわかっているはず。それがプレーにも表れているのです。つまり、3番への責任感を強く感じることで、それがプラスに働いているのです。彼の好調さは、技術うんぬんというより、こうしたメンタル面での成長が大きいようですね。

 鳥谷ももう27歳。自分がチームを引っ張っていくくらいの気持ちを持ってプレーしてほしいと思います。同じショートの川崎宗則(福岡ソフトバンク)のように、守備でも内野陣をまとめるのはもちろんのこと、ピンチには自分からマウンドに行ってピッチャーに声をかけるようなリーダーシップを発揮してもらいたいと思っています。


佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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