いよいよ交流戦がスタートし、プロ野球(NPB)では全国で熱戦が繰り広げられています。交流戦はペナントレースを占う大事な戦いですので、どのチームもここで勢いをつけようと躍起になっていることでしょう。しかし、ファンにとっては普段は見られない対戦が数多くあるとあって、ペナントレースとはまた違った楽しみを味わうことができますね。果たして、今シーズンはどのチームが交流戦を制するのでしょうか。
 さて今、最も注目を浴びているのが、東北楽天でしょう。今シーズンこそはBクラスを脱し、クライマックス・シリーズ進出を狙っている楽天は24日現在、23勝18敗でリーグ2位。このチームの躍進を牽引しているのが周知の通り2人のエース、岩隈久志と田中将大です。特に田中は開幕以来、6連勝。うち5試合を完投、3試合を完封と絶好調ですね。

 彼の活躍に伴って楽天への注目度も日に日に増して来ています。そこでよく耳にするのが野村克也監督の“ボヤキ”。これを楽しみにしている野球ファンも少なくないのではないでしょうか。その中で野村監督がよく口にしているのが「先発は最後まで投げてこそ」という完投へのこだわりです。

 分業制へのきっかけは仰木近鉄

 確かにピッチャーとしては最後までマウンドにいるというのは理想です。私も子どもの頃からピッチャーをやっていますが、完投は理想でもあり憧れでもありました。しかし、観客にはゲームの内容も見せなければいけませんし、ピッチャーに登板機会を与えるという意味では今のような先発、中継ぎ、抑えという分業制も決して悪くはないと思っています。

 しかし、それはチーム状況にもよります。例えば、元横浜の“大魔神”こと佐々木主浩や阪神の藤川球児のような絶対的な守護神がいれば、野村監督もあれほど「完投、完投」と連呼しないでしょう。現に江夏豊さんを先発から抑えに転向させたのは野村監督ですから、リリーフの重要性はわかっているはずです。それなのになぜ、田中将や岩隈に対してあれほど完投を求めるのでしょうか。それは彼らがそれだけの能力を持っているピッチャーだからです。「エースとしての自覚をもち、もっとレベルアップをしてほしい」というメッセージが含まれているのだと私は解釈しています。

 実際、優勝するようなチームには必ずと言っていいほど、長いイニングを任せられ、勝ち星をあげるようなピッチャーが少なくとも1人や2人はいるものです。というのも完投能力のあるピッチャーが投げた試合ではリリーフに休養を与えられますし、なにより野手が「うちのエースが投げているんだから絶対に勝たなければいけない」という気持ちになります。これがチームのレベルアップを図ることにもなるのです。

 日本のプロ野球が先発完投型から分業制へと移行し始め、特に中継ぎに対して脚光を浴びるようになったのは90年代前半。おそらく私がいた頃の近鉄がそのきっかけの一つとなったのではないでしょうか。それまでほとんどの球団に抑え投手はいたものの、敗戦投手ではなく勝つための中継ぎ、いわゆるセットアッパーはいませんでした。しかし当時、近鉄の監督だった仰木彬さん(故人)が中継ぎのポジションを重要視し、勝ちパターンを構築したのです。それを始まりとして各チームも明確な分業制がしかれるようになっていきました。その後、最優秀中継ぎ投手というタイトルが設立され、セットアッパーにもスポットライトが当てられるようになったのは1996年からのことです。

 ここ10年くらいは、さらに細かく役割分担されるようになってきています。バッターの目が慣れてくる最後の3イニングを重要視するようになってきているからでしょう。7回以降をそのまま先発に任せるのか、それとも小刻みにリレーをしていくのか。それが一つの勝敗を分けるカギとなっているのです。

 試行が続くメジャーリーグ

 では、「完全分業制」と言われているメジャーリーグではどうなのでしょうか。先発は100球をメドに交代させるのが常識と言われてきました。トレーニングにおいても球数は管理されています。しかし実は今、このやり方に疑問の声が出ているのです。そのきっかけの一つとして松坂大輔(レッドソックス)が登場したことが挙げられます。日本のように200球も300球も投げ込みをした方が、松坂のような優秀なピッチャーが育つのではないかというような考えが出てくるようになったのです。若いときから投げ込みをした方がいいという発想からマイナーリーグでは日本の方法を取り入れてはどうか、という意見も出てきているようです。

 しかし、一方ではケリー・ウッド(インディアンス)やマーク・プライアー(パドレス)のように無制限に多投させたことが原因で故障したケースもあります。ですから、メジャーではまだ試行錯誤の段階。今後、どのようなスタイルを構築していくのか注目したいですね。

 私見を言わせてもらえば、球数の多い、少ないに対して議論を重ねること自体がナンセンスです。何事もそうですが、形を構築するにはある程度の回数をこなさなければなりません。それはピッチングも同じです。しかし、何より大事なのは回数よりもどのように投げるかといった、中身なのです。

 日本の春季キャンプなどでは、よくピッチャーが200球も300球も投げ込みをした、というような報道が流れます。しかし、あれはただ投げているだけではありません。どうやってバランスよく、全身を使って投げられるかを常に考えながら投げているのです。球数だけがクローズアップされますが、これは非常に危険なこと。バランスの悪い投げ方のまま200球も投げていたら、肩やヒジを痛めてしまいかねません。球数が多ければいいというわけでは決してないのです。例えば野茂英雄なんかは、投げ込みをしないことで有名でした。彼はブルペンに入っても、50〜60球くらいしか投げないのです。しかし、それでも全身を使って投げていましたので、ただ流すだけの200球よりも内容の濃い“投げ込み”をやっていました。つまり、球数は選手個人によって違っていいわけです。

 近年では中学や高校時代に肩やヒジを壊して手術をしたという選手も少なくありません。これはバランスよく身体が鍛えられていないことが要因のひとつとして挙げられます。私自身、子どもの野球教室で指導する機会があるのですが、今の子は上半身に関して言えば昔以上にパワーがあるのに、下半身となると弱い。そのため、上半身に頼った投げ方をするので肩やヒジに負担がかかっているのです。上半身も下半身もバランスよく鍛えて、体全身を使って投げることが重要です。

 全身を使って投げるために一番いい方法は遠投ですね。18.44メートルの距離しかないブルペンでは上半身の力だけで投げられますが、距離が開けば開くほど、自然と体全体を使って投げるようになります。これを繰り返すことによってフォームを体に染み込ませ、ブルペンに戻ったときにもバランスよく投げることができるようなるのです。要は球数ではなく、内容が大事だということ。このことを子どもたちにも、ぜひ知ってもらいたいですね。


佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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