「初めて見たのは、彼が中学3年のとき。既にセレクションは終わっていたのですが、一人、僕ら(明徳義塾高校)の練習に参加したんです。最初に思ったのは、とにかくでっかいやつだなぁと(笑)。でも、バッティングを見たら、レギュラーの選手よりもヘッドスピードが速くてビックリしたことを覚えています」
 中田亮二の第一印象をそう語ってくれたのは、明徳義塾、亜細亜大学の先輩である鶴川将吾(パナソニック)だ。2人は高校時代から仲がよく、今でも月に一度ほど、電話で話をするという。共に気の合う理由を「野球以外は適当だから」と語る。
「鶴川さんは野球に関しては、本当にマジメで黙々とやる人なんです。でも、私生活においては結構いい加減(笑)。それが自分と似ているなと」(中田)
「僕も中田も野球とそうでない時とのオンとオフがはっきりしています。プライベートではバカなところが合うんですよね」(鶴川)
 普段は悩みをほとんど人に話さず、自分で解決するという中田だが、鶴川には弱音を吐くこともある。今日の中田は、この信頼できる先輩との出会いが大きく影響している。
「中田は最初の頃と比べると、本当に変わりました。今年、キャプテンになりましたが、これだって以前の中田だったら考えられないことでした。大学では1年の頃からレギュラーで出ていたので、後輩にもきちんとモノが言える立場だろうし、みんなに慕われてもいたので、彼がキャプテンになることは予想していたんです。でも、まさか自分で立候補するとは……。もともと人の前に出るようなタイプではなかったですからね」(鶴川)

 昨秋、鶴川たち4年生が引退すると同時に中田は自らキャプテン就任を名乗り出た。これに驚いたのは、鶴川だけではない。父親の末明も同様だった。
「亮二がキャプテンになったというのを周りから聞いて、ビックリしました。心配になって、亮二に電話をしたんです。『キャプテンになったようだけど、本当に大丈夫か!?』って。そしたら『大丈夫だよ!』と。まぁ、なんとかやってるようですね」

 では当の本人はどう思っているのか。自ら立候補した理由を訊くと、中田は次のように答えた。
「1年の時から試合に出ていたこともあり、自分が引っ張っていかなければとはずっと思っていたんです。それと、これまで一度もキャプテンになったことがなかったので一度、先頭に立って、チームをまとめるということをしてみたいなと……」
 たとえ立候補せずとも、鶴川が言うように中田がキャプテンとなっていたであろう。だが、中田はあえて立候補をした。そこには、自分を成長させようという強い思いが込められていたに違いない。

 とはいえ、自ら引き受けた大役の難しさは想像以上だった。キャプテンは他の選手以上に自分さえよければいいというわけにはいかないからだ。中田は今、部員96人をまとめることがどれだけ大変か、そのことを実感している。
「キャプテンは……結構大変です。とにかく周りをよく見て、自分から積極的に話すことを心がけています。特にレギュラーでない下級生はなかなか話せないと思うので、そういうところにも気を配るようにしています。でもその分、以前は自分のことだけで精一杯でしたけど、今では他の選手のことも考えられるようになったと思います」
 中田は今、野球人としてはもちろん、一人の人間としての成長を実感している。

 先輩・鶴川の存在

 中田のこうした変化を感じ始めたのは高校2年、中田がベンチ入りメンバーに入るようになってからだったと、鶴川は語る。
「何よりも、野球に取り組む姿勢が変わりました。それまでは野球に興味がないのかなと思うほどだったんです。でも、レギュラーになって1つ上の僕たちと一緒にやっていく中で、いろいろと影響されたのかもしれませんね」
 なかでも鶴川から受けた影響は大きかったことは想像に難くない。

 高校卒業後、中田が亜大に進学を決めた理由の一つにも、鶴川があった。鶴川が「亜細亜は厳しいところだぞ。オマエに耐えられるか?」と言ったところ、当初中田は亜大への進学を躊躇していたという。しかし結局、中田は亜大への進学を決めた。「いろいろと自分で考えて、そういう厳しいところでやりたいと思ったんじゃないでしょうかね」と鶴川。果たして本人の気持ちはどうだったのか。
「東都リーグの強さはわかっていましたし、鶴川さんから亜細亜の野球環境や一人一人の野球への意識が高いことを聞いて、やっぱりそういうところでやりたいなと思ったんです」
 そしてもう一つ、中田はこう付け加えた。「鶴川さんとまた、一緒にやりたいという気持ちもありました」。

 大学入学後、中田はすぐにレギュラーの座をつかんだ。しかも打順は3番。すぐ後ろの4番には昨秋、広島にドラフト1位で指名された岩本貴裕がいた。昨年までの3年間、2人で中軸を担い、岩本が不調の時には中田が4番に座ったこともあった。岩本にとっても、中田にとっても、互いにいいライバル関係がそこにはあった。

 中田が4年間、レギュラーとして活躍できた背景には、人並み外れた努力がある。その代表ともいえるのが自らに課した1日1000スイングだ。鶴川が言う「成長」がここにも見られている。
「中田の練習への姿勢は、後輩にも見本になると思いますよ。特にバットを振る量は半端じゃない。今年プロに入った岩本にも匹敵するくらいです」
 なぜ、そこまでバットを振るのか。その理由を中田はこう答えた。
「大学に入って、まず一番最初に感じたのがバッティング技術のなさでした。変化球の対応もそうですし、高校以上に大学のピッチャーは真っ直ぐにもキレがあるので、スイングスピードもあげなくてはいけなかったんです」
 自主性を重んじる大学の練習ではやる選手とやらない選手の差が大きく開く。中田は練習量においても常にチームトップだった。

 そんな人知れず努力している中田だが、これまで一度も納得したシーズンを送っていないという。しかし、1年時には春夏ともにベストナインを受賞し、“亜細亜に中田あり”を示した。2年秋はリーグ3位の打率3割6分8厘をマーク。3度目のベストナインにも選ばれ、チームのリーグ優勝、さらには明治神宮大会制覇に大きく貢献している。それでも納得することができないのは何故なのか。
「確かに数字だけを見たらいいと思うんですけど、どのシーズンも後半になって疲れてくると打てなくなるんです。それでは自分は納得できません」。その言葉からは、中田が目指すレベルの高さが伺えた。
 中田に残されているのは1シーズンのみ。この夏場で最後までへばらないための体づくりを徹底的にやるつもりだ。

 “夢”から“目標”へ

 さて、最後のシーズンを迎える後輩への期待を訊くと、鶴川は「首位打者」と答えた。実は、ベストナインは3度あるが、未だ首位打者を獲得していないのだ。自らも「ホームランよりも打率にこだわる」という中田。それだけに首位打者への思いも強いはずだ。彼の技術をもってすれば、決して難しい話ではない。そのためにもやはり、シーズンを通して活躍できる体づくりがカギとなりそうだ。

 もちろん、チームとして狙うは4季ぶりのリーグ優勝、明治神宮大会制覇だ。そして、中田の視線の先には今、はっきりとプロという世界がある。
「今までプロには『行けたらいいな』くらいだったのですが、昨年まで一緒にプレーしていた岩本さんがプロ入りしたことで、『行きたい』という気持ちが強くなったんです」
 中田にとってプロへの“夢”は、今、“目標”となっている。

 一方、今年社会人入りした先輩の鶴川は、来年のプロ入りを目指している。ならば、成長した中田とプロで対戦する日を心待ちにしているのではないか――。すると、鶴川はこう答えた。
「いいえ、やっぱり中田とはプロでも同じチームでやりたいですね。彼はチャンスに強い。大事な場面で彼が打席に立つと、何かこう打ってくれそうな雰囲気があるんです。そんなふうに信頼できるバッターなんです。だからこそ、僕が抑えて、中田が打つ。そんなゲームがまたできたら最高ですね」
 きっと、中田も同じように答えるだろう。「また、鶴川さんと一緒にやりたい」と……。

 父親もまた、息子の最後の活躍を心待ちにしていることだろう。リーグ戦には必ず1度は観に行くようにしている父・末明。特に優勝決定戦など、大事な試合は欠かさないのだとか。だが、中田本人にはいつも連絡しないのだという。特に理由はないと言うが、父親と息子とはそういうものなのかもしれない。
 しかし、残念ながら父親が観に行った試合は、負けることが多い。昨秋、東洋大学との優勝決定戦もそうだった。そして今、父親は最後となる秋のリーグを見に行こうかどうか、迷っている。
「息子のためには行かないでおこうかな……」
 その言葉からは、大学最後の晴れ姿を観たいという思いと、優勝して欲しいという思い、そんな親の複雑な心境がにじみ出ていた。

 果たして中田は先輩の期待に応え、そして父親の前で活躍した姿を見せることができるのか。秋季開幕まであと1カ月余り。有終の美を飾り、次へのステージへと進むため、中田は今、真夏の太陽の下、ひたすら汗を流し続けている。

(おわり)

<中田亮二(なかた・りょうじ)プロフィール>
1987年11月3日、大阪府八尾市出身。小学3年からソフトボールを始め、中学では硬式野球部に所属。明徳義塾高校では2年夏にレギュラーとして甲子園に出場。横浜高校のエース涌井秀章(現・埼玉西武)からホームランを放ち、話題となった。3年夏も県大会で優勝し、甲子園の切符を掴む。しかし開幕直前に不祥事が発覚し、出場辞退となった。亜細亜大学では1年春からレギュラーを獲得。ベストナインにも4度選出されている。今年は主将としてチームを牽引し、1年秋以来の優勝を狙う。171センチ、115キロ。右投左打。

(斎藤寿子)





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