中日の勢いが止まらない。7月15日から28日にかけて9連勝し、首位・巨人とのゲーム差はついに1.5(30日現在)。完全に巨人を射程圏内にとらえている。
 チームを牽引するのが新外国人のトニ・ブランコ。メジャーリーグ経験こそ、2005年のワシントン・ナショナルズ時代の56試合だが、日本に来て素質が一気に開花した。

 ブランコに目をつけたのが中日の森繁和バッテリーチーフコーチ。ドミニカ共和国で行なわれたウインターリーグでのプレーを見て、一目ぼれした。
 森コーチによれば「どこまで飛んだかわからないくらいのホームランを3本打った」とか。
 入団当初は、周囲からほとんど期待されていなかった。なにしろ年俸はわずか2,760万円。昨年限りで退団したタイロン・ウッズの20分の1以下だ。

「ホームランを20本も打ってくれれば御の字」と、ある中日OBの評論家は私に語った。オープン戦でのことだ。
 その評論家は続けた。
「当たれば飛ぶが、低めの変化球が打てない。日本のピッチャーはストライクからボールになるスライダーやフォークボールがいいからね。まぁ、打率は2割5分がいいところ。途中でクビになる可能性もなくはないね」
 それが、どうだ。30日現在、打率2割9分3厘、30本塁打、77打点で2冠王だ。

 5月7日の広島戦ではナゴヤドームの天井スピーカーを直撃する“認定ホームラン”を放った。スピーカーにぶつからなかったら、ゆうに160メートルは飛んでいただろう。
 本人も地元の番組で一番印象に残る一発として、この“認定ホームラン”をあげていた。
 このように広島戦には滅法強い。セ・リーグ相手に放った19本塁打のうち実に6本までが広島戦なのだ。中日は広島に12勝3敗と大きく勝ち越しているが、その立役者がこの男。広島にすればブランコひとりにやられたようなものだ。

 ブランコを見ていて思い出すのが、かつて近鉄で大活躍したラルフ・ブライアントだ。ブランコとは右と左の違いこそあるものの、同様に来日当初は「当たれば飛ぶが、滅多に当たらない」と酷評された。最初に入った中日では外国人枠の関係もあって2軍暮らしを余儀なくされた。
 ところがシーズン途中に近鉄に移籍するや大変身を遂げる。フルスイングからロケットのようなホームランを連発し、移籍後の74試合で34ホームランをマークした。翌89年のペナントレース天王山、西武戦での4打数連続ホームランは今でも語り草だ。

 まだ気の早い話だが、中日が逆転優勝に成功すればMVPは間違いなくブランコだろう。費用対効果を考えれば、これ以上の安い買い物はあるまい。
 それにしても森コーチの慧眼には恐れ入る。よくこれだけの素材を“発掘”したものだ。中日は年俸とは別にスカウト料も払ったほうがいい。

<この原稿は2009年8月16日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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