7月下旬、レッドソックスのデビッド・オルティスとドジャースのマニー・ラミレス(元レッドソックス)が、2003年のドーピング検査で陽性反応を示していたと「ニューヨーク・タイムズ」紙が報道。メジャーを代表する2人のスーパースターがスキャンダルに見舞われ、MLBにまた新たな衝撃が走った。
 この2003年のテストとは、陽性反応者の比率を調べるために試験的に行なわれたもの。検査結果は公表されず、もともと尿サンプルはすべて棄却されるはずだった。そのため陽性反応が出たとされる104人にも処分はなく、今回明るみにでたオルティスとラミレスにもリーグから処分が下されることはない。
(写真:オルティスはボンズやクレメンスと違い「善玉」と呼べる選手だっただけに、ファンのショックも大きい)
 しかし2人はともにMLBでも最大級の人気選手であるがゆえに、ショックは大きい。彼らを中心としたレッドソックスは2004年に86年振りの世界一を達成(2007年も世界一)していただけに、「歴史的なミラクルランが汚されてしまった」と落胆させられたファンは多かったようである。

 ただ、もうここまで来たら、どの名前が出て来ても驚くべきではないのだろう。
 バリー・ボンズ、マーク・マグワイア、サミー・ソーサ、アレックス・ロドリゲス、ジェイソン・ジアンビら現代の長距離砲の多くは軒並み薬物使用者として摘発されてきた。ラミレスはすでに今春、別件の薬物使用で出場停止を受けていた。

 オルティスに関しても、2002年までは年間20本塁打がせいぜいだったのが、レッドソックスに移籍以降は突如として球界を代表する強打者に変貌した。そんな常軌を逸したキャリアの推移から、かなり以前からステロイド使用が疑われていたのも事実だった(2003〜07年のア・リーグ最多本塁打ランキングは1位ロドリゲス、2位オルティス、3位ラミレス)。
(写真:ラミレスがボストンで英雄扱いされたのも、もう過去の話だ)

「2004年のレッドソックスの偉業が汚された」のは確かなのだろう。ただそれを言ってしまえば、ヤンキースも、マーリンズも、エンジェルスも、過去10年にワールドシリーズを制覇したチームはすべて同じ穴の狢(むじな)である。
 いわゆる「ステロイド時代」のMLBにファンタジーは存在しない。マグワイアとソーサのエキサイティングな本塁打レースはすべてまやかしだった。バリー・ボンズの73本塁打も薬から生まれた記録である。そして個人だけでなく、薬物使用者に助けられたチーム記録も色眼鏡で見られてしかるべきだろう。

「ステロイドでビルドアップされた選手たちは多かれ少なかれ、どのチームにも存在し、彼らのパワーによって強豪チームたちも支えられていた」
「スポーツイラストレイテッド」誌のトム・バードゥッチ氏はそう語る。
(写真:近年のスラッガーの中でクリーンとみなされているのは、もうアルバート・プーホルスくらい)

 つまり、全米を熱狂させたレッドソックスも、他のすべてのチームと同じだったということ。それ以上でも、それ以下でもない。そこにあるのは、やりきれなさと空しさだけである。いったい私たちはこれまで何を見て、手に汗を握り、興奮し、歓喜の声をあげ続けてきたのだろうか?

 そしてこの忌まわしき「ステロイド時代」の残り香は、まだまだ消えずに漂い続ける気配である。本来は極秘のはずの2003年の違反者リストの名前が漏れ続けている。今春にはロドリゲス、ソーサの名が取沙汰され、今回はオルティスとラミレス。現時点で104人中の7人(前記3人、デビッド・セギー、ジェイソン・グリムスリー、ラリー・ビグビー)が公表された。
(写真:今春にはA・ロッドの薬物使用が暴かれ大きな波紋を呼んだ)

 いったい誰が、どんな目的で名前を漏らしているのかは知る由もない(違法行為にあたるため、追及を望む声も選手の中にはある)。いずれにせよ、リストに載ったことを自覚しているものは落ち着かない日々を送っていることだろう。
 また私たちメディアの人間も正直言って、この話題にはうんざりしているし、それはファンも同様に違いない。ここまできたらリストをすべて公開して終わりにしてほしいと思うが、選手会は強硬に拒むはずだし、それは叶わぬ願いか。

 遠からぬうちに、また新たな名前が飛び出し、もしかしたらその選手はあなたの贔屓チームのフェイバリットプレーヤーかもしれない。その度ごとに、ファンは真綿で首を締めつけられるような想いを味わなければならない。メディアたちも無視する事はできず、苦虫を噛み潰すような思いで記事を書かなくてはならない。そして再び、空しさだけが漂う……。すべてが終わるのは、いったいいつになるのだろう?

 1990年代後半から2000年代半ば――。MLBにステロイドが蔓延していることなど、アメリカのスポーツに詳しい人なら誰もが知っていた。だが、長い間、それを無視し続けてきた。見て見ぬ振りをしながら、つかの間の偽物の繁栄を楽しんで来た。今、私たちが感じている重苦しさは、そんなまやかしの日々を享受したことへの「罰」なのだろうか?


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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