過日、広島に帰省する機会があった。そのとき乗り合わせたタクシー運転手A氏の独白に触発されるところが多かったので、以下に紹介することにする。
――お客さん、里帰りですか。東京から。いいですねぇ。
 ところで、カープ(注・当然、広島東洋カープのことである)はどうですか。いけませんのう、まったく。今年はねぇ、交流戦まではよかったんですよ。交流戦明けに、中日との3連戦があったんです。これに3連敗した時点で、今年は終わりました。

 え? お客さんはあの3連戦の初戦(注・6月26日)に負けたところで終わり、とおっしゃるんですか。そりゃ、ちょっと厳しいのう。わたしゃ、あの3連戦にカープがせめて1勝でもしとったら、今年のペナントレースの展開は全く違うものになっていたと思いますよ。そもそも中日の連勝はあそこから始まったわけですから。ひとつでも勝っていれば、中日を勢いづけることもなかった。そしたら、中日が今みたいに2位まで上がって首位争いすることもなかったでしょ。中日は確かに新外国人の(トニ・)ブランコいうんですか? あれがよう打ちますが、本質的には貧打のチームですからね。本当はそうそう大きな連勝は期待できないチームです。

 落合(博満)監督の野球いうのは、終始一貫そうですよ。ピッチャーと守りを固める。実はあんまり打てないんです。打てないときには去年までの(タイロン・)ウッズとか、和田(一浩)とか一発で僅差で逃げ切る。基本的には固いんですよ、あの人の野球は。
 せめてカープがあのとき1勝2敗でいっとったら(注・いっておれば)、8月にはヤクルト、中日と3位争いができたかもしれません。ほんまに今年は紙一重のペナントレースでした。もう、後の祭りですがの。

 おっしゃるように、初戦が痛かったねぇ。永川(勝浩、注・広島カープのクローザー)いうのは、どうしてああ打たれるんかねぇ。打たれても、なんか平気な顔をしとるように見えるんですよ。あれがいけん(注・いけない)よ。そりゃ、内心はどう思うとるか知りませんよ。しかし、もうちょっとどうにかしてくれんにゃあ(注・なんとかしてくれないと)。
 弱いのは、打てんからです。いくら走る野球いうても、打って塁に出んことには、走れませんから。
 パ・リーグあたりを見ると、去年最下位じゃったソフトバンクが2位でしょ。日本ハムも強いよねぇ。なんで、カープにはああいうことができんのじゃろうか。ねぇ、お客さん。

 A氏の指摘は重要な論点をはらんでいるが、いかんせん、福岡ソフトバンクや北海道日本ハムにはそれほど興味がないらしい。せっかくなので、ここは筆者がもう少し掘り下げてみたい。
 日本ハムがトレイ・ヒルマン監督を招聘した頃、決して今のような強いチームではなかった。ヒルマンは、まず森本稀哲を1番に抜擢して走る野球を目指し、クローザーの定着に腐心した。
 当初は確か、建山義紀や横山道哉などを試していた。横山ががんばった時期もあったが、結局は定着できなかった。タテだのヨコだのやってるな、この監督さんは、と思ったものだ。
 強くなったのは、抑えのマイケル中村、セットアッパーの武田久が定着してからである。同時にまだ入団間もなかったダルビッシュ有がエースへの階段を登り始めた。こうして2006年の日本一が実現する。

 では、06年以降も強さを維持しているのはなぜか。まず第一。ダルビッシュが日本一の大エースになったこと。第二。稲葉篤紀が日本代表の4番を打つほどに充実したこと。彼は東京ヤクルト時代、けっして今ほどの打者ではなかった。第三。小谷野栄一、糸井嘉男という強打の野手が成長したこと。
 これを広島カープと比較してみるとどうだろう。まず、去年までのマイケル中村、今年の武田久というクローザーが安定している。一方、永川は不安定である。
 ダルビッシュほどの大エースはいない。カープでいえば、去年前半のコルビー・ルイス、今年前半の大竹寛がその可能性を示したが、いずれもシーズン通してコンスタントには勝てなかった。
 野手でいえば、稲葉を筆頭に打撃10傑に3割打者がズラリと並ぶ日本ハムと、一人もいないカープ。

 これを極端に言えば、こういうことだ。日本ハムの勝因は、稲葉をヤクルトから獲得したこと、ダルビッシュをドラフト指名できたこと。これが二大要素であり、続いて、マイケル中村、武田久、小谷野、糸井を指名し育てたこと(この四人はダルビッシュと違って、球団の育成能力も考慮に入れなくてはなるまい)。この三点にある。
 もちろん田中賢介、金子誠、高橋信二の存在も大きいのだが、ここでは割愛する。
 要は、ドラフトと育成能力の差が現れているのである。糸井なんて、150キロを投げる投手として有名だったが、当時の高田繁GM(現・東京ヤクルト監督)は、最初から打者転向のプランをあたためていたらしい。
 つまり、ヒルマン監督や梨田昌孝監督が魔術師なのではない。フロントと現場の人材を見抜く目、育成する能力の問題なのである(日本ハムは読売巨人軍と違って、FAで巨大戦力をかき集めたりしたわけではない)。

 もうひとつ、A氏のあげたソフトバンクはどうか。去年の最下位は、チームというものは個々の選手が戦意を失うと、いかにひどい状態になるのか、ということを教えてくれる。カープの選手も、今こそ我が身に置き換えて、考えてみるといい。
 ソフトバンクにはダルビッシュのような大エースはいない。和田毅も新垣渚も故障している状態で、むしろ投手陣は苦しい。もちろん、クローザー馬原孝浩は安定していますが。

 ここの強さは、例えば長谷川勇也、あるいは田上秀則といった、いわば脇役の打撃力にある。もちろん、松中信彦、小久保裕紀の3、4番がしっかりしているのだが、まぁ、それは自明のことである。中軸以下の長谷川や田上に、日本ハムでいえば糸井や小谷野に匹敵する打撃力があるのである。松中、小久保を表に出た打撃力とすれば、彼らはいわば潜勢力とでもいうべきか。

 そうそう、A氏なら覚えているかもしれない。ソフトバンク対広島の交流戦が、新球場マツダスタジアムで行なわれた時、田上は、レフト場外にものすごいホームランを打った。その時、痛感したものだ。カープにこれだけの打球を打てる野手はいない(ひいき目に見て栗原健太くらいか)。これが強いチームと弱いチームの差だ、と。要するに、チームとして秘めている打撃の潜勢力の差なのである。

 こうして、3チームを比べてあぶり出される結論は何だろうか。クローザーの安定感は、強いチームを語る上では、大前提である。この点は永川の方に問題があるだけのことだ。主力打者の稲葉、松中、小久保、栗原(栗原は苦しんでいるが)も、まぁ、あえて同等としておこう。
 結局、中軸の脇を固める野手の打撃力の差なのである。ここに、広島カープと日本ハム、ソフトバンクを分けている溝がある。それは、もう一言付け加えるならば、球団のドラフト及び育成能力の差である。

 カープでいえば、梵英心と天谷宗一郎が3割打てるようにならないと、強くなれないということだ。
 梵に期待するのはもはや酷だとすれば、誰だろう。ほら、ここでもう名前が挙がらない。これこそが、この球団の問題であり、貧打の原因なのである。
 というわけで、A氏の話に戻ろう。

――お客さん、ご存知ですか? 市民球場(注・去年まで使用した広島カープの本拠地球場。交通至便、市内の繁華街に位置する)の跡地利用問題。まだ、何も決まっとらんのですよ。それなのに、年内に取り壊すことだけは決めてしもうた。
 案はあるんですよ。折り鶴公園にするとかね。がんセンターにするという話もあるらしいです。サンフレッチェ広島は、最初からずっと、サッカー専用球場として使わせてくれと言っとるようです。

 でもねぇ、野球が新球場へ移って、サッカーが入ってくるんじゃ本末転倒でしょ。ほんなら(注・それなら)昔の市民球場を広げて、今の新球場みたいに大リーグ式に改装すりゃよかったんですよ。旧市民球場は市内のド真ん中ですけえね。やっぱりあそこに新球場をつくってほしかったよねえ。
 折り鶴公園をつくっても、年間百万人も人は行かんでしょう。

 政治いうのは、困ったもんですね。
 今の自民党もどうかと思うが、民主党のあのマニフェストいうんですか? あれもねぇ。ところが、今度は自民党が民主党を攻撃するのはそこばっかり。ほんまに、どっちもどっちですわ(注・この箇所の政治的発言はあくまでA氏のものであって、筆者の考えではない。念のため)。
 選挙もどうなるんですかねぇ。ほんまに……。

 この後、話がズルズルと散漫になっていったので、ここまでにしておこう。
 考えてみれば、今年Aクラスが濃厚な東京ヤクルトにも、上記の条件はあてはまる。まずは、絶対的なクローザー。林昌勇はほぼ完璧である。これが第一条件。そして脇役の打者の潜勢力はというと、宮本慎也、田中浩康、福地寿樹(福地は3番でも中軸というより脇役でしょう)らが、3割近い打率で打ち続けている。いくら中心打者の青木宣親が開幕以来不振でも、この脇役の打撃力で打ち勝ってきているのだ。そこに日本ハム、ソフトバンクとの共通点をみるのを、あながち牽強付会とは言えまい。
 チームとしてそういう打者を獲得し、育成する能力の有無が、いま強いチームと弱いチームの差になって現れているのである。

 
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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