甲子園の贈りもの
甲子園(全国高校野球選手権大会)は、日本野球の父であり母である。日本野球の基盤である。改めて、そう思う今年の夏であった。
もうだいぶ古い話になったが、今春、日本はWBCで連覇を飾った。この優勝が日本野球にもたらす果実は小さくないだろう。WBC出場を夢見て練習に励む野球少年も増えたに違いない。
なぜ勝てたか。もちろん最後にイチローがタイムリーヒットを打ったから優勝したのだが、あのシーンに至る過程において、日本野球が蓄積し、その基盤となったものこそ甲子園大会ではないか。例えば、前回も今回も無類の勝負強さを発揮した松坂大輔。ご承知の通り、甲子園では横浜高校で春夏連覇した大エースである。トーナメントを勝ち上がるために培われた経験は、一発勝負の大舞台で力を出すのに、大いに役に立ったはずである(シーズンに入ってからの松坂の不振は、明らかにWBCの開催時期とそれに合わせた調整が影響しているが、それについては、ここでは触れない)。
今年の夏の甲子園もまた、未来の日本野球を背負って立つ才能にあふれた大会だった。
当然ながら、最注目は菊池雄星(花巻東)。20年に一人の逸材である。甲子園の怪物といえば、江川卓(作新学院)、松坂。近年ではダルビッシュ有(東北)、田中将大(駒大苫小牧)ということになろうが、なんといっても菊池は左腕である。左腕となるといったい誰以来なのだろう。
江夏豊という名前がすぐに浮かぶが、江夏は残念ながら予選で敗退してしまった。夏の甲子園に出た左腕のスターといえば、湯口敏彦(岐阜短大付)、新浦寿夫(静岡商)以来なのだろうか。
ただ、ここに名を挙げた剛腕投手たちの誰を思い出してみても、菊池ほどの柔軟性を感じられる投手はいなかったように思う。あの肩関節や手足の柔らかさと強さは、史上初といっていいのかもしれない。
今夏、最も面白かった試合は、皮肉にもその菊池が背筋を痛めて途中降板を余儀なくされた、明豊・花巻東戦である。明豊にもエースで3番、今宮健太という注目の選手がいた。
この試合、明豊の先発・今宮は不調で、4回途中4失点で降板。一方の菊池も明らかに体が重そうだったが、それでも4回までは無安打無失点。ついノーヒットノーランを期待し始めた5回、故障して1安打1失点で降板。ここから試合は大きく動く。6−4と明豊リードで迎えた9回表、花巻東の攻撃。菊池を欠いた花巻の子たちの(おそらくはこれが最後と覚悟した)攻撃は、実に楽しそうだった。
「笑顔を忘れずに」などという大人から押し付けられた道徳みたいな表情とは全然違う。彼らが展開したのは、まるで草野球で子どもがボールを追いかけるような、純然たる遊びとしての野球である。彼らの笑顔は、近所のガキの笑顔である。
高校野球といったって、ほとんどの出場選手は、いわば“高校野球のプロ”とでもいうべき存在だろう。別におカネを稼いでいるなどというのではない。ただ、遊びで野球をやっているわけではないだろう。彼らは、人生の選択として、甲子園に自分の生活を賭けているのだから。花巻の子たちにも、そういう側面はあっただろうと思う。それが、あの9回は、端的に野球を楽しむ少年の表情に戻ったのである。
心底、羨ましいと思った。しかも打って走って、とうとう6−6の同点。なおも一死二塁。
ここで明豊が動く。エース今宮を再登板させたのである。
大きなポイントとなるプレーが、この時起きている。投手交代をする時に、タイムがかかっていなかったらしいのだ。このスキを鋭くついて、二塁ランナーが三塁へ。もはや1点もやれない状況で、一死三塁になってしまったのである。スクイズか強攻か。
花巻東の打者は7番佐々木大樹。ご記憶かもしれないが、なかなか打撃のいい2年生だった。
マウンドの今宮、もはや逃げも隠れもできない。この状況が、きっと先発したときには彼の中で眠っていた潜在能力を沸き立たせたのだ。その初球。149キロ! えっ? 明らかに先発の時とは別人のボールである。あとは球速だけを記す。152キロ、154キロ、スライダーで三振。
ちょっと野茂英雄ばりに腰をひねってタメをつくり、思いきり投げ込む。154キロの後のアウトローに鋭く曲がるスライダーは、プロでも三振ではないか。
続く8番佐藤隆二郎。153キロ(ボール)、151キロ、ここで今宮はバックに前に来るよう指示。153キロ、154キロ、152キロ(ボール)、スライダーで三振。
今宮は菊池も真っ青の剛球を連発して、9回を同点でしのいだのであった。
もちろん、この試合の主役は菊池である。菊池の剛球に酔い、故障を心配し、彼が伝令に出る姿に拍手する。しかし、9回に至って我々は、純粋に野球に熱中する花巻の子たちを目撃し、さらに菊池をしのぐ剛球右腕の出現を驚きをもって迎えたのだ。こんな試合は、滅多にない(試合は、10回に今宮が打たれて、7−6で花巻東の勝利)。日本野球の父であり母である甲子園は、かくも面白い。
菊池には、今秋のドラフトで巨人を除く11球団が1位指名で競合するという報道さえあった(巨人はホンダの長野久義と明言している)。確かにそれだけの器である。
むしろ、問題はクジに外れた10球団が誰を指名するかということだろう。
今宮は、小柄だけれども、確かに運動能力の高さを実証した。負けた後、まるで勝者のような笑みを浮かべていた心根も買える。投手よりも野手として評価する球団が多いだろうし、それが妥当かもしれない。だが、あの花巻東戦の9回を見ると、クローザーとしてやっていけるのではないかと夢みてしまう。抑えという凝縮された時間に置かれると、ふたたびあの剛球がよみがえるのではないか、と。
もう一人、印象に残る選手がいた。中京大中京の堂林翔太である。今夏の優勝投手だが、彼の場合、魅力は打撃にあった。
たとえば決勝の日本文理戦で打ったホームラン。それを含む3本のヒット。いずれも見事な当たりである。今大会の出場選手でただ一人、木製バットのようなバッティングをしていた。腕力ではなく、バットの芯でボールを捉え、そのしなりで運ぶようなスイング。ちょっと井口資仁を思い出すような左足を大きく使うステップで、両股の内転筋をしっかりと締め、下半身の動きと連動してきれいに打つ。
開催期間中、朝日新聞に各界の野球に縁のある人をインタビューする連載があった。そのひとりとして、イチローや松井秀喜のバットも手がけることで有名なバット職人・久保田五十一さんが登場している。非常に興味深いくだりがある。
「金属製バットは力があれば前に飛ばせるが、木製はエネルギーを伝えられる場所が決まっている。だから、確実に球を芯に当てる練習も大事なんじゃないかな」(朝日新聞8月12日付)
想像するに、名工・久保田さんの目には、ほとんどの高校生が力でスイングし、芯で捉えることができていない、あるいはアバウトに芯のあたりでしか打っていない、と映ったのだ。おそらく、これは、これから改善すべき高校野球の大きな課題である。
その点、堂林だけは、確実に芯で打っていた。これぞ才能というべきだ。
近年の甲子園のスラッガーでいうと、中田翔(大阪桐蔭)ほどの飛距離はないかもしれない。しかし、中田の迫力とはまた別の、美しさがある。ぜひ、内野手になってほしい。井口よりも、二岡智宏よりもスケールの大きいショートに育てたい。打者としては、小久保裕紀が近いような気がする。
美しいという点では、智弁和歌山の左腕・岡田俊哉も印象に残る。腕の振りを見ているだけでもほれぼれする。
じつは、ここにも高校野球のかかえる問題がある。近年、ちょっと気の利いたエースなら、球速が140キロを超えるのは当たり前になってきた。投手全体のレベルが上がったといってもいいが、気になるのは、上体の力で速い球を投げる投手が非常に多いということだ。打者が芯よりも力で打つように、投手は下半身の力を腕のしなりに伝えるというよりは、ごつごつと上体の力で腕を振る。
おそらく、そのほうが勝利という結果に結びつきやすいのである。有名校の監督は勝たなければ批判をされるだろう。有名校を志望する選手もまた、勝利という果実への近道がほしい。甲子園が巨大なトーナメントであるがゆえの歪みが、そこにはある。
だからこそ、堂林や岡田のような才能を大事にしなくてはならない。
菊池雄星は、進路を日本のプロ野球にするか、いきなりメジャーにするか迷ったらしい(まずは日本のプロ野球と決めたようだが)。彼ほどの才能なら、たしかにメジャーという道も考えてみたくもなるだろう。ただ、彼に関しては、日本のプロ野球に行くのが正解だろうと思う。
なぜならば、彼は甲子園が生み出したスーパースターだからである。
メジャーでもっとも成功したのは誰か、と考えてみてほしい。野茂英雄とイチローである。松井秀喜も松坂大輔もたしかにある程度成功したといってもいいだろう。しかし、アメリカ野球に消費され尽くした、という印象もぬぐいがたい。
その点、社会人から直接レッドソックスに入った田沢純一は、来季、大きく飛躍するかもしれない。少なくともここまで順調にステップアップしてきた。
野茂、イチロー、田沢には、共通点がある。甲子園のヒーローにはなれなかったのである。イチローは出場したけれども、活躍はできなかった。田沢も出場はしたが登板はしていない。
甲子園という、きわめて日本的なシステムに愛でられた選手は、きっと、まずは日本野球をきわめてから、その後の道を考えたほうがいいのだ。ただし、甲子園は、巨大なトーナメントであるがゆえに、必然的に、野茂やイチローのような存在をも生みだす。その両面を、ともに日本野球の特性と考えるべきなのである。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
もうだいぶ古い話になったが、今春、日本はWBCで連覇を飾った。この優勝が日本野球にもたらす果実は小さくないだろう。WBC出場を夢見て練習に励む野球少年も増えたに違いない。
なぜ勝てたか。もちろん最後にイチローがタイムリーヒットを打ったから優勝したのだが、あのシーンに至る過程において、日本野球が蓄積し、その基盤となったものこそ甲子園大会ではないか。例えば、前回も今回も無類の勝負強さを発揮した松坂大輔。ご承知の通り、甲子園では横浜高校で春夏連覇した大エースである。トーナメントを勝ち上がるために培われた経験は、一発勝負の大舞台で力を出すのに、大いに役に立ったはずである(シーズンに入ってからの松坂の不振は、明らかにWBCの開催時期とそれに合わせた調整が影響しているが、それについては、ここでは触れない)。
今年の夏の甲子園もまた、未来の日本野球を背負って立つ才能にあふれた大会だった。
当然ながら、最注目は菊池雄星(花巻東)。20年に一人の逸材である。甲子園の怪物といえば、江川卓(作新学院)、松坂。近年ではダルビッシュ有(東北)、田中将大(駒大苫小牧)ということになろうが、なんといっても菊池は左腕である。左腕となるといったい誰以来なのだろう。
江夏豊という名前がすぐに浮かぶが、江夏は残念ながら予選で敗退してしまった。夏の甲子園に出た左腕のスターといえば、湯口敏彦(岐阜短大付)、新浦寿夫(静岡商)以来なのだろうか。
ただ、ここに名を挙げた剛腕投手たちの誰を思い出してみても、菊池ほどの柔軟性を感じられる投手はいなかったように思う。あの肩関節や手足の柔らかさと強さは、史上初といっていいのかもしれない。
今夏、最も面白かった試合は、皮肉にもその菊池が背筋を痛めて途中降板を余儀なくされた、明豊・花巻東戦である。明豊にもエースで3番、今宮健太という注目の選手がいた。
この試合、明豊の先発・今宮は不調で、4回途中4失点で降板。一方の菊池も明らかに体が重そうだったが、それでも4回までは無安打無失点。ついノーヒットノーランを期待し始めた5回、故障して1安打1失点で降板。ここから試合は大きく動く。6−4と明豊リードで迎えた9回表、花巻東の攻撃。菊池を欠いた花巻の子たちの(おそらくはこれが最後と覚悟した)攻撃は、実に楽しそうだった。
「笑顔を忘れずに」などという大人から押し付けられた道徳みたいな表情とは全然違う。彼らが展開したのは、まるで草野球で子どもがボールを追いかけるような、純然たる遊びとしての野球である。彼らの笑顔は、近所のガキの笑顔である。
高校野球といったって、ほとんどの出場選手は、いわば“高校野球のプロ”とでもいうべき存在だろう。別におカネを稼いでいるなどというのではない。ただ、遊びで野球をやっているわけではないだろう。彼らは、人生の選択として、甲子園に自分の生活を賭けているのだから。花巻の子たちにも、そういう側面はあっただろうと思う。それが、あの9回は、端的に野球を楽しむ少年の表情に戻ったのである。
心底、羨ましいと思った。しかも打って走って、とうとう6−6の同点。なおも一死二塁。
ここで明豊が動く。エース今宮を再登板させたのである。
大きなポイントとなるプレーが、この時起きている。投手交代をする時に、タイムがかかっていなかったらしいのだ。このスキを鋭くついて、二塁ランナーが三塁へ。もはや1点もやれない状況で、一死三塁になってしまったのである。スクイズか強攻か。
花巻東の打者は7番佐々木大樹。ご記憶かもしれないが、なかなか打撃のいい2年生だった。
マウンドの今宮、もはや逃げも隠れもできない。この状況が、きっと先発したときには彼の中で眠っていた潜在能力を沸き立たせたのだ。その初球。149キロ! えっ? 明らかに先発の時とは別人のボールである。あとは球速だけを記す。152キロ、154キロ、スライダーで三振。
ちょっと野茂英雄ばりに腰をひねってタメをつくり、思いきり投げ込む。154キロの後のアウトローに鋭く曲がるスライダーは、プロでも三振ではないか。
続く8番佐藤隆二郎。153キロ(ボール)、151キロ、ここで今宮はバックに前に来るよう指示。153キロ、154キロ、152キロ(ボール)、スライダーで三振。
今宮は菊池も真っ青の剛球を連発して、9回を同点でしのいだのであった。
もちろん、この試合の主役は菊池である。菊池の剛球に酔い、故障を心配し、彼が伝令に出る姿に拍手する。しかし、9回に至って我々は、純粋に野球に熱中する花巻の子たちを目撃し、さらに菊池をしのぐ剛球右腕の出現を驚きをもって迎えたのだ。こんな試合は、滅多にない(試合は、10回に今宮が打たれて、7−6で花巻東の勝利)。日本野球の父であり母である甲子園は、かくも面白い。
菊池には、今秋のドラフトで巨人を除く11球団が1位指名で競合するという報道さえあった(巨人はホンダの長野久義と明言している)。確かにそれだけの器である。
むしろ、問題はクジに外れた10球団が誰を指名するかということだろう。
今宮は、小柄だけれども、確かに運動能力の高さを実証した。負けた後、まるで勝者のような笑みを浮かべていた心根も買える。投手よりも野手として評価する球団が多いだろうし、それが妥当かもしれない。だが、あの花巻東戦の9回を見ると、クローザーとしてやっていけるのではないかと夢みてしまう。抑えという凝縮された時間に置かれると、ふたたびあの剛球がよみがえるのではないか、と。
もう一人、印象に残る選手がいた。中京大中京の堂林翔太である。今夏の優勝投手だが、彼の場合、魅力は打撃にあった。
たとえば決勝の日本文理戦で打ったホームラン。それを含む3本のヒット。いずれも見事な当たりである。今大会の出場選手でただ一人、木製バットのようなバッティングをしていた。腕力ではなく、バットの芯でボールを捉え、そのしなりで運ぶようなスイング。ちょっと井口資仁を思い出すような左足を大きく使うステップで、両股の内転筋をしっかりと締め、下半身の動きと連動してきれいに打つ。
開催期間中、朝日新聞に各界の野球に縁のある人をインタビューする連載があった。そのひとりとして、イチローや松井秀喜のバットも手がけることで有名なバット職人・久保田五十一さんが登場している。非常に興味深いくだりがある。
「金属製バットは力があれば前に飛ばせるが、木製はエネルギーを伝えられる場所が決まっている。だから、確実に球を芯に当てる練習も大事なんじゃないかな」(朝日新聞8月12日付)
想像するに、名工・久保田さんの目には、ほとんどの高校生が力でスイングし、芯で捉えることができていない、あるいはアバウトに芯のあたりでしか打っていない、と映ったのだ。おそらく、これは、これから改善すべき高校野球の大きな課題である。
その点、堂林だけは、確実に芯で打っていた。これぞ才能というべきだ。
近年の甲子園のスラッガーでいうと、中田翔(大阪桐蔭)ほどの飛距離はないかもしれない。しかし、中田の迫力とはまた別の、美しさがある。ぜひ、内野手になってほしい。井口よりも、二岡智宏よりもスケールの大きいショートに育てたい。打者としては、小久保裕紀が近いような気がする。
美しいという点では、智弁和歌山の左腕・岡田俊哉も印象に残る。腕の振りを見ているだけでもほれぼれする。
じつは、ここにも高校野球のかかえる問題がある。近年、ちょっと気の利いたエースなら、球速が140キロを超えるのは当たり前になってきた。投手全体のレベルが上がったといってもいいが、気になるのは、上体の力で速い球を投げる投手が非常に多いということだ。打者が芯よりも力で打つように、投手は下半身の力を腕のしなりに伝えるというよりは、ごつごつと上体の力で腕を振る。
おそらく、そのほうが勝利という結果に結びつきやすいのである。有名校の監督は勝たなければ批判をされるだろう。有名校を志望する選手もまた、勝利という果実への近道がほしい。甲子園が巨大なトーナメントであるがゆえの歪みが、そこにはある。
だからこそ、堂林や岡田のような才能を大事にしなくてはならない。
菊池雄星は、進路を日本のプロ野球にするか、いきなりメジャーにするか迷ったらしい(まずは日本のプロ野球と決めたようだが)。彼ほどの才能なら、たしかにメジャーという道も考えてみたくもなるだろう。ただ、彼に関しては、日本のプロ野球に行くのが正解だろうと思う。
なぜならば、彼は甲子園が生み出したスーパースターだからである。
メジャーでもっとも成功したのは誰か、と考えてみてほしい。野茂英雄とイチローである。松井秀喜も松坂大輔もたしかにある程度成功したといってもいいだろう。しかし、アメリカ野球に消費され尽くした、という印象もぬぐいがたい。
その点、社会人から直接レッドソックスに入った田沢純一は、来季、大きく飛躍するかもしれない。少なくともここまで順調にステップアップしてきた。
野茂、イチロー、田沢には、共通点がある。甲子園のヒーローにはなれなかったのである。イチローは出場したけれども、活躍はできなかった。田沢も出場はしたが登板はしていない。
甲子園という、きわめて日本的なシステムに愛でられた選手は、きっと、まずは日本野球をきわめてから、その後の道を考えたほうがいいのだ。ただし、甲子園は、巨大なトーナメントであるがゆえに、必然的に、野茂やイチローのような存在をも生みだす。その両面を、ともに日本野球の特性と考えるべきなのである。
上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。