プロ初登板の舞台となったのは北海道の札幌円山球場だった。1軍行きを告げられてから4日後の6月10日、対北海道日本ハム第3回戦で松家にチャンスが回ってきた。3点を追う8回裏、プロ野球生活5年目にして初めて松家は1軍のマウンドに登った。
 先頭打者は5番小谷野栄一。打撃好調の日本ハムにあって中軸を担う強打者だ。「今まで4年間やってきたことを出せるかどうか」。それだけを心がけて腕を振った。しかしボールは、本人が思ったほどは走っていなかった。松家の投じた141kmの直球を小谷野はうまくライトへ弾き返した。打球は快音を残して勢いよく飛んだが、ライトを守る吉村裕基の正面をついた。「しっかり放らないと打たれる」。松家はここで目を覚ましたという。

「初登板はもっと緊張するものと思っていたんです。でも、意外に落ち着いているように感じました。ファームにいた頃は、初登板前には不安になるのかと思っていたのですが、実際に1軍の試合に行ってみても、ファームでやっている準備となんら変わらなかった。舞い上がった感じにはならなかったですね。でも、投げた球は上ずっていた。先頭の小谷野選手にいい当たりをされた所で、ふっと我に返りました。自分でも気付かないところで萎縮していたんでしょう。その後はしっかりとしたボールを投げることができました」

 続くボッツをセカンドフライに、糸井嘉男をショートゴロに打ち取って3アウト。3点差のまま、9回表の打線の奮起に期待した。試合はこのまま2−5で敗れたが、プロ初登板としては上々のスタートだった。多少力が入っていたものの、思ったほど緊張しなかったという松家。その要因は球場にあったという。

「平日のデーゲーム、しかも札幌の円山球場でしたから、ファームの環境に近かった。これが落ち着いて投げられた要因だと思います。翌日、札幌ドームで登板機会がありましたが、前日とは雰囲気は全く違っていました。“ああ、やっぱりこっちが1軍だよな”って(笑)。いきなり札幌ドームで投げていたら、全然違うものになっていたかもしれない。そのあたりはラッキーでした」

 初めての1軍マウンド。ファームとは違い各チームを代表する打者たちと対峙していくことになる。2軍選手との迫力の違いを感じる場面はなかったのだろうか?

「初登板の時ではそこまで迫力を感じなかったんですが、初めてホームランを打たれた試合、宮城での楽天戦。この時はこれまでに経験したことのない凄みを感じました」

 こすったと感じたホームラン

 松家が初めて失点を喫したのは6月14日の対東北楽天戦。7回裏にマウンドに上がった松家は1アウトの場面で東北楽天の主砲・山崎武司と対戦した。2ストライクから甘く入ったストレートを山崎にバックスクリーン横まで運ばれるホームランを打たれたのだ。

「8点差がついている場面での登板でした。もちろんホームランのあるバッターですから、慎重に投げていくつもりでした。しかし、2球で簡単に2つのストライクをパッパッと取ってしまった。そこでなぜか、妙に強気になってしまったんです。インコースにストレートを投げ込もうと腕を振ったら、ボールはアウトコースに入ってしまった。山崎さんは腕の伸びるところが強いと聞いていたのですが、ちょうどそこへ行ったんです。

 バーっと振られて最初はこすったように見えました。これはセンターフライか、と。しかし、振り返ってみたらボールがメッチャ飛んでいた(笑)。センターの一番深いところに持っていかれました。“ああ、やっぱり違うな”と思いましたね。コントロールミスをしたとはいえ、指にしっかりとかかったボールでしたから」

 このホームランで、1軍トップ選手の実力をまざまざと見せつけられた思いがした。翌日の新聞を見て、その思いはさらに強くなった。
「山崎さんのホームラン談話が載っていて、そこに“読み勝った”と書いてあったんです。ファームの時からストレートの危なさを痛いほど知っていたのに、山崎さんのところで悪い方に出てしまった。なんであんなに強気に出てしまったのかなと反省しました。山崎さんに読まれる読まれないは別にしても、猪突猛進の雰囲気が出ていたのでしょう。ファームではファールになっているボールも、簡単にスタンドまで運ばれることを実感しました」

 初めて1軍で打たれたホームランは、プロ23年目の大先輩打者からの洗礼だった。自身の中では悪い球ではなかったが、コントロールミスでスタンドへ運ばれた。2ストライクに追い込んでいただけに悔やまれる1球となった。「自分のスタイルで抑えられる可能性が高い選択をしていかなければいけない。加えて、常に冷静でいなければならないことも学びました」と松家は振り返る。この苦い経験は今後訪れる1軍マウンドでの糧になるに違いない。

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<松家卓弘(まつか・たかひろ)プロフィール>
 1982年7月29日、香川県香川市出身。高松高校時代、2年秋の四国大会でベスト4.東京大学に進学し、2年春に初登板、4年春に初勝利を上げた。大学通算25試合に登板し3勝17敗。04年ドラフト9巡目で横浜ベイスターズに入団。1年目に1軍に昇格するものの、2年目以降は2軍での生活が続く。5年目の09年6月7日に1軍に登録され、6月10日対北海道日本ハム戦でプロ初登板を果たす。身長184センチ、85キロ。右投げ右打ち。背番号32。






(大山暁生)
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