ニューヨーク・ヤンキースが絶好調の戦いを続けている。
 春先こそ、やや煮え切らないプレーぶりが多く、最初の32試合の時点では15勝17敗とスロースタート。その頃には筆者も粘りのないヤンキースを糾弾するコラムを書いた記憶がある。しかし5月13日以降は61勝28敗(記録はすべて8月19日現在)と、怒濤の勢いで勝ち星を積み重ねてきた。
 最近では「ESPN.COM」「スポーツイラストレイテッド」といった米大手サイトもヤンキースをパワーランキングの1位に据えるなど、今季のMLBベストチームの地位を業界内で完全に確立。このままプレーオフに突入すれば、当然のように本命に挙げられそうな気配である。
(写真:キャッシュマンGM(左)とジラルディ監督の思惑通り、ヤンキースは順調に勝ち星を積み重ねている)
「パワー打者が続けて出てくるラインナップは、相手投手を疲弊させ、最終的には打ちのめしてしまう」
「スポーツイラストレイテッド」誌のトム・バードゥッチ氏がそう語っている通り、快進撃の基盤となっているのはやはり自慢の強力打線である。

 8月19日時点で本塁打数はリーグ1位、得点数は2位。実は主砲アレックス・ロドリゲスは数字的にはキャリア最低に近いシーズンを送っているのだが、その影響も見られない。何と言っても強打のスイッチヒッター、マーク・テシェイラが加わったことで打線に1本の芯が通った。

 今季MVP候補のテシェイラを先頭に、選球眼が良く、それでいてパワーに秀でた打者がずらりと揃う。相手投手が大きなエネルギーをつぎ込んで1、2人を打ち取っても、少しでも気を抜けば次の打者が即座にスタンドまで運んでしまう。右翼に異常なほど本塁打が出やすい新本拠地との相性も最高で、特にヤンキースタジアムでヤンキース打線を抑え切るのは並大抵のことではない。

 このままいけばヤンキースの先発メンバーのうち7人が20本塁打以上を記録しそう(シーズン通算本数はフランチャイズ史上最多ペース)。結果として、今季のこのチームの試合には常に「一発によるドラマの予感」が漂っている。
「ワールドシリーズを制した昨季のフィリーズから運動能力を差し引いたようなチーム。投手力は二流でも構わないくらい打線は上質」
 バードゥッチ氏はそう指摘しているが、実際に今後も、どんな投手でも打ちのめして頂点まで上り詰めてしまいそうな勢いを感じさせる。
(写真:現在、20本塁打に王手をかけている松井秀喜はついに優勝リングを手にできるのか)

 さらに、投手力も決して「二流」というわけではない。チーム防御率こそリーグ8位と特筆すべきものではないが、役者は適材適所に揃っている。
 昨オフに獲得したCC・サバシア、AJ・バーネットの新戦力2人は、完璧な出来ではないものの、重要な試合では大概において力を発揮。特にサバシアはオールスター以降は6勝1敗(防御率2.86)と例年通り尻上がりに調子を上げている。つられてアンディ・ペティート、ジャバ・チェンバレンもシーズンが進むに連れて上昇気配。これで優勝を狙うチームの看板として、まずは遜色ない先発4本柱ができあがった。

 ブルペンに目を移しても、フィル・ヒューズがセットアッパーとして台頭したおかげで、守護神マリアーノ・リベラへ繋ぐ必勝パターンが完成。リベラが相変わらず支配的な力を保っていることもあり、試合が接戦のままブルペン勝負にもちこまれても恐れることはない。
 トータルで見て、投手陣は決して完全無欠ではない。それでも、ワールドシリーズ進出をもくろむに十分な陣容を誇っていると言っても良いだろう。
(写真:守護神リベラの存在は今季も心強い限りだ)

 さらに、その久々の戴冠を阻む強力なライバルが、今季は特に多いわけではないのもヤンキースには有利な材料と言える。
 永々の宿敵レッドソックスは攻守に老化の気配をみせ、8月上旬に行なわれた直接対決4連戦ではヤンキースが完全な形で圧勝。また昨季のアリーグ王者レイズも今季はなかなか投打が噛み合わず、ハイレベルな東地区で2年連続で勝つことの難しさを改めて証明してしまっている。

 開幕前には総合力でヤンキースを上回ると目された同地区のこの2チームは、今季はともにプレーオフを逸する可能性も低くない。さらに中地区にも圧倒的な底力を感じさせるチームはないだけに、どこがポストシーズンに駒を進めてきてもヤンキースに組みし難い相手とはならないはず(優れた先発投手を抱えるタイガース、大物打ちを揃えたホワイトソックスは侮れないが)。

 消去法で見ていくと、ワールドシリーズ進出に向けて最大の難敵は、やはり昨今のヤンキースにとって天敵と言えるエンジェルスとなるのだろう。
 特にアウェーの対戦ではここ22戦で5勝17敗と大の苦手にする「LAの雄」相手には、今季も7月中旬の3連戦でスイープ負け。守備力、走力を基調としたエンジェルスのチームカラーは変わっていない。大味な部分も残るヤンキースにとって、依然としてやりづらい相手には違うまい。

 ヤンキースはこの難敵と9月中にまだ4度の対戦を残している。今シーズン中では最後となる9月21日からの直接対決は、アメリカンリーグ・チャンピオンシップ・シリーズの前哨戦的な注目を集めることになるはず。苦手意識を少しでも振り払うため、そして秋の本番で勝利する可能性を上げるため、ここで何とか良い勝ち方をしておきたいところである。

 エンジェルスとの相性以外にも、ジャバ・チェンバレンの投球イニング数の問題(今季160イニング以上は投げさせない方針。すでに120回を投げ終え、今後は間隔を伸ばして起用するという)、敵地の試合での意外な脆さ(今季アウェーでは35勝27敗)など、懸念材料がまったくないわけではない。

 しかし投手陣が少しくらい不安定であっても、前述した通り打線からの的確な援護で突破できてしまいそうではある。このままの勢いでプレーオフを通じてのホームフィールドアドバンテージを獲得しさえすれば、アウェーで少々弱くとも致命傷にはなるまい。となると、現時点でヤンキースの前に立ちはだかる本格的な試練は、やはりエンジェルスの壁以外には見当たらないのが現実だ。
(写真:新たな優勝トロフィーがコレクションに加わる日も近い?)

 1999年以来ニューヨークに住んでいる筆者から見ても、これほど王者らしい雰囲気を漂わせたヤンキースは久々。4連覇の寸前まで迫った2001年以降では、おそらく最も上質なケミストリーを感じさせている。あとは現状の好循環を保ちさえすれば、万が一、主力の中から1人くらいケガ人が出たとしても、評価を落とさないままプレーオフに臨めそうである。

 総合的に考えて、今季の視界はかなり良好。長く遠ざかった世界一奪還に向けて、2009年は絶好機だと言って良い。
 新球場元年に、ヤンキースは本当に久しぶりの戴冠を果たせるのか。天敵エンジェルスをついに撃破し、2003年以来の最終決戦に駒を進められるのか? A・ロッドは今度こそプレーオフでも力を出せるのか? そして松井秀喜は、渡米以来初のチャンピオンリングを獲得できるのか……?

 楽しみな見どころが満載の今秋。絶好調ヤンキースの行方に、ニューヨーカーの視線が、いや全米のスポーツファンの視線が注がれることになりそうである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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