今月、海の向こうから嬉しいニュースが届きました。3Aからメジャーに昇格した田澤純一投手です。彼は今年、ボストン・レッドソックスに入団し、スタートは2Aポートランド・シードックスでした。そこでの成績(18試合9勝5敗、防御率2.57)が認められ、3Aポータケット・レッドソックスに上がったのも束の間、わずか2試合の登板でメジャーに昇格しました。これを聞いて驚きと同時に喜んだ人も少なくないでしょう。
 昇格の理由として投手陣に故障者が出たこともありますが、3Aには優秀な投手陣は大勢います。それでも首脳陣が日本でもプロ経験のない新人投手を選んだのは、それだけ田澤投手のピッチングが認められ、期待感が高まったからに他なりません。

 そして、私はもう一つあると思っています。それは日本人選手へのアピールです。現在、日本のプロ野球選手を獲得しようとすれば、高額な移籍金や年俸を用意しなければなりません。しかし、アマチュアからストレートに引き抜くことができれば、低く抑えることができます。実際、田澤投手の年俸は3年総額400万ドル(約3億4000万円)。チームメイトの松坂大輔投手の6年総額5200万ドル(約60億円)と比較すると、その差は一目瞭然です。

 今回、田澤投手がメジャーで活躍すれば、日本のプロに行かなくとも、育成プログラム通りにトレーニングすれば、メジャーに昇格できるほどに成長できる。そういったアピールを日本のアマチュア選手に向けて発信しているのではないかと思うのです。

 さて、肝心の田澤投手のピッチングですが、24日現在、4試合に登板して2勝2敗、防御率3.57とまずまずの成績を残しています。3度目の先発登板となった23日にはデビュー戦でサヨナラ負けを喫したニューヨーク・ヤンキースを相手に6回を無失点に封じる好投を見せてくれました。次回の登板も決まったようですので、今後ますますの活躍が期待されます。

 田澤投手がメジャーで通用する要因のひとつには、自分の中で打ち取れるパターンがきちんと構築されている点が挙げられます。具体的に言えば、アウトコースのストレートでカウントを稼ぎ、低めの変化球で勝負するという組み立てです。フォームにも無理がなく、特にどこかを痛める心配もありません。まだそのレベルには達していないものの、タイプ的には全盛期の上原浩治投手(ボルチモア・オリオールズ)に似ていますね。一つ一つのボールの質を高めれば、もっといいピッチャーになることでしょう。

 メジャーで活躍するために今後重要なことは、まず第一に自分のスタイルを曲げないことです。そのいい例が野茂英雄です。彼はメジャーに行ったからといって、決してフォームもトレーニング方法も変えることはありませんでした。田澤投手は現在、球団からの育成プログラムに沿ってやっていると思いますが、自分がもっとやりたいと思えば、きちんと自己主張してもらいたいですね。それによって、「言った以上はやらなければいけない」という責任感も出てくるはずです。

 もちろん、いいと思うものは積極的に取り入れて欲しいと思います。僕が米国でプレーした際に感じたことは、トレーニングの理論がしっかりとしているなということです。ですから、日本のプロ野球で10年間やってきたにもかかわらず、練習方法でも新しい発見がありました。例えば、体幹です。腕立て、背筋、腹筋をする際にもバランスボールを使って体幹を意識しながらやるのです。体幹を鍛えることは、現在では当然のことですが、当時の日本では僕の知る限り、そういったトレーニングはほとんど行なわれていませんでしたから、妙に感心したものです。

 また、実際の試合でも日米の違いを感じることがありました。例えば、日本では速球派投手でも相手打者が変化球に弱いとわかれば、徹底的に変化球を投げる傾向があります。しかし、個性を重んじる米国では速球派投手が自分のスタイルを変えてまで変化球を投げ続けようとはしません。

 田澤投手がマイナーでストレート重視のピッチングを求められたのもそのためでしょう。田澤投手の最大の武器はやはり伸びのあるストレートですから、これを軸にした組み立てをしていくべきです。メジャー昇格後も今のところは、それができているようです。今後、彼の活躍は多くの日本人選手に勇気を与えてくれることでしょう。ぜひ、頑張ってもらいたいですね。


佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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