9月13日の朝日新聞に『高速自転車「待った」』という見出しの記事が掲載された。内容は多摩川沿いにある「かぜのみち」で自転車関係の事故が多発していることを受け、府中市が自転車の速度抑制のための改良を始めたというもの。確かに幅3mの道にスポーツサイクルから犬の散歩までが混在しているのは安全とは言えない。しかし、皮肉なことにこの道は8年前まで「サイクリングロード」だったのだ……。
(写真:東京近郊では荒川沿いのコースも人気だ)
 私は20年ほど前、近くに住んでいたことがあり、よく自転車でこの道を走っていた。当時はスポーツサイクルと出会う頻度はそれほどでもなく、危険性を感じることも少なかったので、この記事には少々驚いた。しかし、現在は休日ともなると1日4000台が走るというからびっくり。スポーツとしての自転車が普及したことを実感させられた。しかし、さすが3mの道に、4000台が走っていると、歩行者とのトラブルも起きるはず。残念なことに今年に入って死亡事故まで起きてしまった。

 行政もこのような事態に対策をうつべく今回の措置となったわけで、このままいくと自転車が追い出されてしまうかもしれない。1970年代に「サイクリングロード」として整備された道から、自転車が追い出されるというねじれ現象。なんとか解決の道筋はつかないものか。

 整備当時の担当者の想定と違ったのは、スポーツサイクルとその増加だろう。当初予想していた家庭用自転車でのサイクリングとは異なり、現在増えているのがスポーツサイクル。つまりロードレーサーといわれる、競技にも使われる自転車である。同じ人が乗っても巡航速度は時速10〜20km程度変わってしまう。また、この5年間のロードレーサーの売れ行きはめざ目覚ましく、毎年、過去最高に近い伸びを示してきた。想定よりスピードの速い自転車が、予想以上の台数で走るものだから、当初のもくろみが外れて当然である。

 そもそも、日本では自転車の走る場所が確立されていない。本来は軽車両として車道を走るべきだったのが、70年代に車の急増で事故が増えたため「公安委員会の許可した場合は自転車は歩道を走れる」との緊急措置が取られた。ここが混乱のはじまり。その後、道路整備は車優先に進められ、自転車は歩道に押し込まれたままになってしまった。

 したがって「本来、自転車は車道を走るべき」と言われても、車からは疎ましがられるし、自転車側は「車が怖くて走れない」ということになる。一方、歩道を走ると歩行者に怖がられ、胸を張って走るところがない。この上、サイクリングロードまで取り上げられては「この国は国民に自転車を乗せるつもりがないのか」ということになってしまう。
 
 確かに、歩行者を保護するのは当然だし、そのあたりのマナーがなっていないサイクリストが多いのも事実。こうした一部のサイクリストが自転車界全体に危機をもたらせているともいえるだろう。基本的に世の中は「弱者保護」の精神がベース。弱い人は強い人から保護されるのが当然だ。つまり車は自転車を優先させ、自転車は人を優先させる。こんな基本事項が頭に入っていないドライバーやサイクリストが増えているのも事故の一因だろう。

 CO2排出やエネルギー、健康などの問題などを考慮すると、これからの世の中に自転車は欠かせない。これは誰もが認めるところだ。ところが、肝心の走る道がないのではどうしようもない。それには、欧米のように自転車レーンや自転車道の整備も重要だ。これはこれとして行政と政治で努力して実現してもらいたい。

 でも、その前に基本的な交通秩序、つまりマナーの改善は必須である。車は自転車と人に配慮し、自転車は歩行者に配慮する。この原則をもう一度社会全体で確認する必要があるのではないかと思う。

 さて、多摩川の「かぜのみち」。路面を改修したり、看板を立てることも大切だが、根本は使う人の「心がけ」だ。自転車は歩行者に配慮する。もちろん歩行者も広がって歩かない、犬の散歩時にはリードを伸ばして道をふさがないなど、配慮が必要だろう。そうしたお互いの配慮が行き届けば、事態は改善されるはずだと思うのだが……。
 とはいえ、これが一番難しい!?


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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