第98回 本田圭佑は岡田ジャパンの救世主となるか
欧州各国のサッカーリーグで09−10シーズンが開幕した。おそらく日本のサッカーファンが最も注目しているひとりがオランダ1部リーグ・エールディビジのVVVフェンロに所属している本田圭佑だろう。

昨年は16ゴールをあげ、クラブのリーグ優勝と1部昇格に貢献し、リーグMVPにも選ばれた。それが評価され、日本代表から声がかかった。
本田は決定力不足に泣く日本代表にとって、今や“希望の星”とも言える存在だ。
8月2日に行なわれた開幕戦PSVアイントホーフェン戦から第4節のフローニンゲン戦までに5ゴールを決め、チームを牽引している。
本田がオランダへ渡ったのは08年1月。当時、1部で下位争いをしていたフェンロに21歳で飛び込んでいった。
オランダの国内リーグはスペインやイングランド、イタリア、ドイツほどの活況は呈していないが、ワールドカップで2度の準優勝を果たすなど国自体のレベルは高い。
現在の世界ランクは3位。来年夏に行なわれる南アフリカW杯では優勝候補の一角に名を連ねる見通し。
オランダサッカーを語る上で避けて通れない人物がいる。1970年代、サッカー界に革命をもたらしたヨハン・クライフだ。
クライフが中心となって展開したサッカーは“トータルフットボール”と称され、世界のサッカーを大きく“進化”された。
それぞれの選手がポジションに縛られず、連係を保ちながら流動的に動く――。それはプレーする側も観る側もわくわくするようなサッカーだった。
クライフの出現以降、オランダサッカーが一貫して標榜しているのが“超攻撃的”なスタイルである。
この姿勢は代表チームだけではなく、国内の名門クラブ、アヤックスやPSVにも受け継がれている。
オランダサッカーのレベルの高さは指導者の質にも反映されている。
先に紹介したクライフはスペインリーグのバルセロナを率いヨーロッパチャンピオンになっている。他にもルイス・ファンハール、フース・ヒディンクなど世界的な指揮官が何人も誕生している。
ちなみに前回のドイツW杯では4人のオランダ人が代表チームの指揮を執った。これはブラジル人と並んで最多の人数だ。
そんなお国柄だけにサッカーファンの目は確かで、しかも、よく肥えている。
以前、ある代表監督が守備に偏重した布陣で試合に臨んだところ、ファンから「防衛大臣」とのヤジがとんだ。「守り勝つ」などという言葉はオランダ人の頭にはないのだ。
それほどまでに目の肥えたオランダのファンも、本田に対しては高い評価を下している。それが証拠に彼のビッグクラブへの移籍の噂は後を絶えない。
まだ23歳。今後、さらに成長するものと見られている。
サッカーにあまり興味のない人のために、本田のプロフィールについて紹介しておこう。
彼は大阪府出身でガンバ大阪ジュニアユースに所属していたがユースへの昇格を果たせず、石川の星稜高校へ進学した。ヤンキースの松井秀喜の後輩に当たる。
高校3年の全国選手権でベスト4進出の立役者となり、卒業後の05年に名古屋グランパスへ入団した。名古屋では攻撃的MFとしてならし、4年間で11ゴールをあげている。
本田の代名詞といえば強烈な左足だ。的確にボールを捕らえる技術と鋭いインパクトから繰り出されるシュートは無回転となってゴールを襲う。
回転のかからないシュートは空気抵抗で微妙に変化するため、GKにとってはセービングが厄介なのだ。
フリーキックの名手といえば、日本代表では中村俊輔(エスパニョール)や遠藤保仁(ガンバ大阪)の名前が浮かぶが、一味違う本田のキックも日本代表にとっては大きな武器となろう。
この23歳、口の方も達者である。開幕4試合連続ゴール直後には「20年、30年抜かれないような記録をつくりたい」と語っている。
優等生タイプの多い岡田ジャパンにあっては、異色の存在だ。岡田武史監督は、こういうビッグマウスをうまく使いこなさなければならない。
岡田監督は南アフリカW杯での目標を「ベスト4」に定める。選挙に例えていえば、これはマニフェスト、すなわち公約だ。
FIFAランキング40位の日本がベスト4に進出するためには救世主が必要である。本田にその役割を期待したい。
<この原稿は2009年9月22日号『経済界』に掲載されたものです>

昨年は16ゴールをあげ、クラブのリーグ優勝と1部昇格に貢献し、リーグMVPにも選ばれた。それが評価され、日本代表から声がかかった。
本田は決定力不足に泣く日本代表にとって、今や“希望の星”とも言える存在だ。
8月2日に行なわれた開幕戦PSVアイントホーフェン戦から第4節のフローニンゲン戦までに5ゴールを決め、チームを牽引している。
本田がオランダへ渡ったのは08年1月。当時、1部で下位争いをしていたフェンロに21歳で飛び込んでいった。
オランダの国内リーグはスペインやイングランド、イタリア、ドイツほどの活況は呈していないが、ワールドカップで2度の準優勝を果たすなど国自体のレベルは高い。
現在の世界ランクは3位。来年夏に行なわれる南アフリカW杯では優勝候補の一角に名を連ねる見通し。
オランダサッカーを語る上で避けて通れない人物がいる。1970年代、サッカー界に革命をもたらしたヨハン・クライフだ。
クライフが中心となって展開したサッカーは“トータルフットボール”と称され、世界のサッカーを大きく“進化”された。
それぞれの選手がポジションに縛られず、連係を保ちながら流動的に動く――。それはプレーする側も観る側もわくわくするようなサッカーだった。
クライフの出現以降、オランダサッカーが一貫して標榜しているのが“超攻撃的”なスタイルである。
この姿勢は代表チームだけではなく、国内の名門クラブ、アヤックスやPSVにも受け継がれている。
オランダサッカーのレベルの高さは指導者の質にも反映されている。
先に紹介したクライフはスペインリーグのバルセロナを率いヨーロッパチャンピオンになっている。他にもルイス・ファンハール、フース・ヒディンクなど世界的な指揮官が何人も誕生している。
ちなみに前回のドイツW杯では4人のオランダ人が代表チームの指揮を執った。これはブラジル人と並んで最多の人数だ。
そんなお国柄だけにサッカーファンの目は確かで、しかも、よく肥えている。
以前、ある代表監督が守備に偏重した布陣で試合に臨んだところ、ファンから「防衛大臣」とのヤジがとんだ。「守り勝つ」などという言葉はオランダ人の頭にはないのだ。
それほどまでに目の肥えたオランダのファンも、本田に対しては高い評価を下している。それが証拠に彼のビッグクラブへの移籍の噂は後を絶えない。
まだ23歳。今後、さらに成長するものと見られている。
サッカーにあまり興味のない人のために、本田のプロフィールについて紹介しておこう。
彼は大阪府出身でガンバ大阪ジュニアユースに所属していたがユースへの昇格を果たせず、石川の星稜高校へ進学した。ヤンキースの松井秀喜の後輩に当たる。
高校3年の全国選手権でベスト4進出の立役者となり、卒業後の05年に名古屋グランパスへ入団した。名古屋では攻撃的MFとしてならし、4年間で11ゴールをあげている。
本田の代名詞といえば強烈な左足だ。的確にボールを捕らえる技術と鋭いインパクトから繰り出されるシュートは無回転となってゴールを襲う。
回転のかからないシュートは空気抵抗で微妙に変化するため、GKにとってはセービングが厄介なのだ。
フリーキックの名手といえば、日本代表では中村俊輔(エスパニョール)や遠藤保仁(ガンバ大阪)の名前が浮かぶが、一味違う本田のキックも日本代表にとっては大きな武器となろう。
この23歳、口の方も達者である。開幕4試合連続ゴール直後には「20年、30年抜かれないような記録をつくりたい」と語っている。
優等生タイプの多い岡田ジャパンにあっては、異色の存在だ。岡田武史監督は、こういうビッグマウスをうまく使いこなさなければならない。
岡田監督は南アフリカW杯での目標を「ベスト4」に定める。選挙に例えていえば、これはマニフェスト、すなわち公約だ。
FIFAランキング40位の日本がベスト4に進出するためには救世主が必要である。本田にその役割を期待したい。
<この原稿は2009年9月22日号『経済界』に掲載されたものです>