野球界はいよいよ大詰めを迎えていますね。プロ野球では24日にセ・パ両リーグのクライマックスシリーズが終了し、31日からは日本シリーズが開幕します。今回は北海道日本ハムと巨人というリーグの覇者同士の対戦。果たしてどんな戦いとなるのでしょうか。そして、海の向こうでも最後の決戦が始まろうとしてます。メジャーリーグでは29日(日本時間)からワールドシリーズがスタートします。こちらも非常に楽しみですね。
 さて、日本では日本シリーズを前にプロ野球にとって大事なイベントがあります。29日に開かれるプロ野球新人選択会議、そうドラフトです。毎年、何かと話題になるドラフトですが、今年は何といっても、菊池雄星投手(花巻東高)ですね。その菊池投手ですが、日本のプロ野球かメジャーかで進路先が注目されてきましたが、ようやく答えが出ました。彼が選んだのは日本のプロ野球。これで日本のファンの前で彼の成長が見られそうですね。

 私見を述べさせてもらえば、僕自身は日本でもメジャーでも、どちらでもいいと思っていました。18歳の彼の前には無限大の可能性が広がっています。たとえうまくいかないことがあったとしても、それは“失敗”ではなく、貴重な“経験”になります。そしてプロ野球選手としてはもちろん、人間としての成長の糧になります。ですから、臆することなく、自分自身の気持ちに素直に進路を決めてくれればいいと思っていたのです。

 また、日本もメジャーも育成カリキュラムにそう遜色はありません。例えば、昨年プロ未経験で海を渡った田澤純一投手(レッドソックス)が1Aからスタートし、すぐに順応したことからも、たとえ菊池投手がメジャーという選択をしたとしても心配はなかったと思います。、また、メジャーでは巡回コーチという存在がいます。選手の育成を目的に、キャンプやマイナーを巡回して指導するのです。聞けば、結構安価な給料でやっている巡回コーチも少なくないとか。しかし、チームが勝つために、みんなでやっていこう、という雰囲気がメジャーにはあるようです。

 菊池投手が言っていたように、メジャーにはメジャーのいいところがあります。そして、日本にも日本のいいところがある。だからこそ、彼がどちらを選択してもいいと思っていたのです。それよりも気になったのが、日本では球団だけでなく、解説者や専門家などもメジャー行きを反対していたことでした。これは他のスポーツ界ではあまりない発想ではないでしょうか。例えば、サッカー界では海外のチームと日本のチームを頻繁に行き来しています。僕は野球もそれでいいと思っています。

 なぜなら、日本の選手が海外でプレーすることで、日本人がどれだけレベルが高いのか、評価してもらうことができるからです。それは同時に、日本の野球界を評価してもらうことにもなります。そのことを最も理解しているのがイチロー選手ではないでしょうか。彼は日本に対して高い意識をもってメジャーでプレーしています。それは彼の発言からもよくわかります。「メジャーでプレーすればするほど、自分が日本人だということを意識する」。彼は日本のよさを示すためにメジャーでプレーしているのです。

 だからこそ、日本のプロ野球界にはもっと魅力ある球界にすることを考えてほしいと思います。というのも、菊池投手をはじめ、選手がメジャーを志望するのは、そこに魅了されるものがあるからです。ほとんどが天然芝の球場であることも、日本以上に地域密着し、地元から愛されていることも、その一つでしょう。もちろん、日本には日本の良さがあります。昨日までパ・リーグのクライマックスシリーズを戦っていた日本ハムや東北楽天など、地元に根付いている球団も増え、さまざまな改善もなされています。そしてさらに魅力あるものにするにはどうすればいいのか。これからは球団ごとではなく、プロ野球界全体で考え、実行していくべきだと思っています。そうすれば、将来は海外の選手が日本のプロ野球を志望して来るようになるかもしれません。そうなったら、さらに日本の球界が活気づき、レベルも高まるのではないでしょうか。

 さて、菊池投手ですが、ドラフトでは多ければ10球団が1位指名する可能性があり、その入団先が注目されています。それほど最速155キロのスピードはもちろん、サウスポーという点は、球団にとって非常に魅力なのです。しかし、菊池投手が1年目から活躍できるかというと、僕は少し長い目で見たほうがいいと思っています。それぞれのチーム事情がありますが、菊池投手にはまずは体をしっかりとつくることから始めてほしいのです。というのも、やはり夏の甲子園でのケガは、彼の体がまだ出来上がっていないことを証明していると思うのです。もちろんアクシデントではあると思いますが、あそこまで大きなケガになるというのは、体ができあがっているとはいえません。

 それともう一つ。彼のボールは確かに速い。しかし、全体的に高いのです。ウイニングショットが低めに決まるようになれば、それこそ1年間ローテーションに入ることができるでしょう。つまり、彼にはまだ鍛える余地があり、完成されてはいないということです。しかし、それはまだまだ伸びる可能性があることでもあります。高校までとは違い、プロに入れば、毎日が野球漬け。朝から晩まで野球にあてることができるのです。彼は若いですから、やればやっただけ、スポンジのように吸収していくことでしょう。心技体が鍛えられ、数年後、どんなピッチャーに成長するのか、今から本当に楽しみです。

 ピッチングの面では、自分が打ち取れるパターンをどれだけ多くもつことができるかが何よりも重要です。工藤公康投手がいい例ですね。横浜を戦力外通告され、自由契約の身となった工藤投手ですが、46歳まで投げ続けることができているのは、ピッチングの引き出しが非常に多いからです。特に右打者の懐を攻める強さ、そしてあの独特なカーブは工藤投手の武器となっています。しかし、そのためには自分が狙ったところに投げられるコントロールが必要です。しかし、今の菊池投手はスピードはあるものの、なかなかウイニングショットが決まらず、ボールにばらつきが見えます。

 サウスポーが活躍できる条件の一つは右打者の懐をいかに攻めることができるか、その勇気とコントロールがあるかです。しかし、そのために欠かせないのが、実は右打者の外角へのコントロールなのです。高めにいけば、長打もありますから、狙うのは低め、ピッチャーの基本ともいえる“アウトロー”のボールです。そうすれば、打者の目線を外に向けることができます。そこにサウスポー独特のクロスボールがくれば、対応するのは容易ではありません。サウスポーのクロスボールが打ちにくいのは、外角のボールによって遠く感じるからなのです。150キロのスピードがなくても活躍している杉内俊哉、和田毅(ともに福岡ソフトバンク)や内海哲也(巨人)のピッチングを見ると、それがすぐにわかります。そして、メジャーで活躍する岡島秀樹(レッドソックス)もそうです。彼はもともとコントロールがいいピッチャーとは言えませんでした。しかし、チェンジアップを覚えたことで、目線を外に向けることが可能となったのです。

 いずれにせよ、菊池投手が将来、日本のエースとなる可能性は十分にあります。それは技術的なことだけでなく、精神面でもそう感じています。僕が感心したのは、彼の発言を聞いていると、18歳にして既に信念をしっかりと持っていることです。そして人間ですから、注目されればされるほど有頂天になっても不思議ではないのですが、彼にはそういったことは微塵にも感じられません。僕自身が18歳の頃を考えても、すごいなと思ってしまいます。僕が高校生の頃は自分自身にそれほど自信をもつことなどできませんでした。自分を表現するのに、臆病なところもあったと思います。野球に対しては、そこそこはやれるかなとは思っていましたが、プロなんて考えられませんでした。ようやく「自分もこれまでの経験をいかせればプロでやれる」と自信をもてたのは大学に行ってからです。ですから菊池投手のことは純粋にうらやましいと思いますし、そして大きく成長してくれることを願ってやみません。29日、入団先が決定するわけですが、どの球団に入っても、頑張ってほしいと思います。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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