NBAのスーパースター、アレン・アイバーソンが古巣フィラデルフィア・76ersに3年振りに復帰することになった。
 しかし盛大なファンファーレを浴びての帰還劇ではない。全盛をとうに過ぎ、行き場をなくしたアイバーソン。人気&成績低迷に悩む76ers。ともに煮え切らない位置にいる両者が、止むなく手を取り合った形での移籍実現である。
(写真:古巣76ers以外にもう引き取り手はなかった)
 アイバーソンの代理人は「問題は契約や金ではない。フィラデルフィアに戻り、プレーする機会が重要だったんだ」と語ってはいる。しかし過去4度も得点王に輝いた男にとって、提示された1年140万ドルという契約は屈辱に違うまい。
 それでも受け入れたのは、単に他に行く場所がなかったから。これが最後のチャンス。もしも76ersで力を発揮できねば、NBAのどこからも引き取り手がなくなる瀬戸際に現在のアイバーソンはいる。

 1996年にドラフト1位で76ers入りして以降、特にNBAキャリア序盤のアイバーソンの進撃は爆発的だった。入団以来13年連続平均20得点以上をマークし、オールスター出場は10回。2001年にはMVPに選ばれる活躍でチームをファイナルにまで導いた。同時に浪花節の発言と自由奔放なプレーがゆえに爆発的な人気も獲得。マイケル・ジョーダンが去って以降、このアイバーソンこそがNBAが誇る最大のヒーローだったと言ってよい。
(写真:インタヴューでの発言の面白さにも定評がある)

 ところが……時は流れ、現在のアイバーソンはすでにとうに峠を越えた選手と目されている。2006年にデンバー・ナゲッツ、2008年にはデトロイト・ピストンズと移籍したが、76ersを離れて以降は一般的な評価はジリ貧。昨季はわずか54試合に出場、平均17.4得点とキャリア最低レベルの成績に終わった。
 今季は弱小チームのメンフィス・グリズリーズと1年契約を結んだものの、わずか3試合に出場しただけで退団。その背後には、未だに捨て切れないスター待遇でのスタメン出場への強烈なこだわりがある。

 実力があれば何をやっても許されるが、力が衰えても自我を貫けば、それはただの「ワガママ」と酷評される。全盛期の切れ味を失っておきながら、「俺にベンチから登場するべき選手ではない」と主張し続ける元スターにNBAの各チームは冷たかった。
 昨オフにはFAだったにも関わらずグリズリーズからしか契約オファーは届かず、他の全チームからはほとんど無視された状態。そして今季、そのグリズリーズから飛び出すと、「アイバーソンはもう終わった」と騒がれ、本人も一時は引退を表明。不振に悩む古巣76ersが元スターとの入団交渉に臨んだのは、ちょうどそんな頃だった。

 先発ガードのルイス・ウィリアムスの故障離脱がゆえに層が薄くなった76ersにとって、アイバーソンはおいしい存在だったのだろう。
 衰えたとはいえ得点力は保っているし、特にフィラデルフィアでは未だに英雄的人気を誇る。観客動員に影響の大きい選手が安価で手に入ったのだから、ビジネス面だけ考えればこれ以上ないほど素晴らしい補強策である。
(写真:フィラデルフィアでのアイバーソン人気は未だに健在)

 ただ現時点での76ersはプレーオフ上位進出が狙えるようなチームではないし、アイバーソンが加わってもそれは変わるまい。そしてこのチームでお山の大将として得点を挙げ続けても、これ以上は評価が高まることはない。そんな状況下で、アイバーソンはいったいどんなプレーを見せるのだろうか?

 彼が大きな賞讃を得るとすれば、古巣に戻って心機一転、自らをリーダーとして確立し、76ersを大転換させた場合。劇的な形で成熟度をアピールし切れたときには、プレーオフを睨み補強を目論む強豪チームからシーズン中に引き抜きの声がかかることだってあり得ない話ではない。
(写真:得点力以外の部分も誇示できるか)

 ただ……チームの成功に興味があるようには見えないアイバーソンが、そんな方向性に興味を示すとも思えない。
 二流チームを頂点に近づけるほどの力は残っておらず、それでいて強豪チームでサポート役を受け入れる気もない。前述通り、今回の移籍はアイバーソンにとって「ラストチャンス」であることは確か。しかし現状ではどうやっても、いわゆる「ハッピーエンド」を迎えることは考えられず、そもそも彼にとっての「ハッピーエンドとは何なのか」と頭を悩ませてしまう。

 そして少々風変わりなのは、周囲の多くのファンもアイバーソンの変化をそれほど望んでないようにすら思えることである。
「これまで通り、心底から望む方法で最後までプレーし続けて欲しい」
 そんなことを公言するファンは筆者の廻りにも存在する。誰に何と言われようと自分らしさを貫き、恐らくはそれゆえに体格のハンデを克服することができたのがアイバーソンという選手。そんな唯我独尊の男には、変に体制に迎合することなく現役生活を終えて欲しいということなのだろうか。

 いずれにしても、米スポーツ界で語り継がれるであろう1つのキャリアが、終焉に近づいていることは間違いない。まるで映画「俺たちに明日はない」のボニー&クライドのように、先に待つのが破滅だと分かっていても、アイバーソンは決して自分を曲げずに突っ走る。そんな姿勢を美化するつもりは毛頭ない。だが、興味は確かにそそられる。
 誰もがしたり顔で欠点をあげつらいながらも、注目せずにはいられない。アレン・アイバーソンとは、これまでもずっとそういった選手だったのだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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