プロ野球のピッチャーにとってボールの遅さは致命的である。
 たとえばルーキーがキャンプ地のブルペンに初めて入ったとしよう。両脇で150キロの剛速球をビュンビュン投げている先輩がいる。
 翻って自分のストレートは130キロそこそこ。もうそれだけで「オレはこの世界では喰っていくのはムリ」と自信を喪失してしまう。

 今回は「遅いボール」というハンディキャップを、自らの工夫によってアドバンテージに変え、エースの座に上りつめた元プロ野球投手の話をしよう。
 その男の名前は星野伸之。阪急・オリックス、阪神で通算176勝をあげた。現役時代のニックネームは「速球王」ならぬ「遅球王」。
 プロ入り当初、星野はコンプレックスのかたまりだった。

「何よりも恥ずかしかったのは、自分の投げたボールのスピードが球場の電光掲示板に表示されないこと。最初はなぜ、自分の投げたボールだけ出ないのかと不思議だったんですが……」
 徐々にわかってきた。
「僕は遅過ぎて出なかったんです(笑)。だからあの頃はマウンドに上がると対戦相手のことよりもスピードガンのことがまず頭にあった。また表示されなかったら、どうしようと」

 130キロにも届かないボールでは、いくらコントロールがよくてもプロでは通用しない。そこで身につけたのが、ボールの出所を隠す独特の変則フォームである。
「以前は手首を後ろに持ってきていた。でも、これだと球種を見破られてしまう。そこで体の側面で隠すような投げ方に変えたんです」
 考え方も変えた。

「これまでは“よし、抑えてやる!”と力んで投げていた。それでは結果が出ない。ならば“どうぞ、打ってくれ”とね(笑)。たとえばランナーがいない場合だったら、四球で歩かせるよりヒットを打たれた方がまだマシなんです。“打ってくれよ”ってど真ん中のボールを投げたとしても、野手の正面を突くことだってありますから。ジャストミートされてもヒットになるとは限らない」

 あくまでも仮定の話だが、もし星野が150キロ台の剛速球の持ち主だったら、あそこまで成功しただろうか。
 むしろ素質的に恵まれていなかったことで努力や工夫の大切さに気付き、「遅球王」というオンリーワンの存在になれたのではないか。
汝、ハンディキャップを友とせよ!

<この原稿は2010年2月号『Big Tomorrow』に掲載されたものです>

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