今シーズンより群馬ダイヤモンドペガサスの野手コーチに就任した新井潔です。就任するにあたり、球団からは「選手から嫌われるコーチになって欲しい」という要望を受けました。僕自身、社会人のコーチ時代からの厳しい指導を変えるつもりはありません。特に独立リーグというのは、甘いところではないはずだからです。僕はヤクルト時代、1年間米国留学の経験があります。その時に見た1Aや2Aの厳しさは半端ではありませんでした。シーズン中でも結果が出なければクビになる選手も少なくありません。それでも彼らはメジャー昇格を目指して必死になってやっているのです。メジャーの傘下リーグでもそうなのですから、独立リーグであれば、なおさらです。
 BCリーグにはNPBへの夢を諦めきれず、その夢を実現させようという選手ばかりが集まっています。しかし、全体的に見ても、努力することが十分かというと、まだまだのような気がしてなりません。僕は高校卒業後、社会人を経験しています。そして、現役引退後には古巣Hondaでコーチとして指導しました。社会人も独立リーグの選手と同様、NPBへの扉を開けたいという選手がほとんどです。企業によって形態はまちまちですが、彼らは選手である前に一社会人。少なくとも午前中は会社に出勤し、働いています。ですから、練習する時間は限られています。しかし、彼らは夜中の1時や2時まで自主練習をしています。要は環境ではなく、やる気です。やる気さえあれば、いつでもどこでも練習はできるのです。ですから、まず選手たちには自分たちがなぜこの場に来ているのか、そして自分が目標とするところはどこなのかを改めて考えさせたいと思っています。

 僕の理想とする野球は「楽しい野球」です。しかし、これは非常に難しいことです。なぜなら、真の楽しさは苦しみを乗り越えなければ生まれてこないものだからです。僕がHondaのコーチに就任した年、チームは予選で敗退し、都市対抗大会に出場することができませんでした。個々に見れば、他のチームに決して劣ることのない優秀な選手ばかり。練習試合もほとんど負けることはありませんでした。それでもいざ本番となると、力を発揮することができなかったのです。

 社会人にとって都市対抗は最も重要な大会。この大会に出場するのとしないのとでは全く違います。そしてそこでの優勝が最大の目標でもあるのです。その大会に出場さえできなかったのですから、選手たちが楽しいと思えるはずはありません。そこで、翌年からそれまで以上に厳しい練習をチームに課しました。それこそ365日休みなしといってもいいほどにガラリと変えたのです。同じ企業チームにさえ「Hondaは厳しすぎる」と言われたくらいです。翌年、早速成果があらわれました。都市対抗で準優勝を果たしたのです。その時に見た選手たちは前年には一度も見られなかったいい顔をしていました。本当に野球が楽しいと思えたことでしょう。

 BCリーグの選手にとって、最大の目標はNPB入りをすること。そうであるならば、生活の全てをかけるくらいの意気込みをもってやって欲しいのです。それができるのは今しかありません。しかし、こうしたことは口で言うのは簡単ですが、選手たちに本当の意味で理解させるのは至難の業。それでも、それが私たちの仕事だと思っています。

 さて、私が指導者として大事にしていることは情熱と選手の自主性を重んじることです。私が少年時代の監督は一切口出しをせず、子どもたちが自分で考えてやることを一歩離れて見守っているような指導者でした。口でああだこうだ、と指導するのは簡単です。しかし、実際の試合では投げるのも打つのも選手自身。誰も助けてはくれません。だからこそ、普段の練習から自主性に任せることは非常に大事なことなのです。

 一方、東京農業二高時代の監督は、とにかく厳しい人でした。例えば「今日は500球投げろ」と言えば、選手が弱音をはこうが何だろうが、考えがブレることはなく、必ず最後までやらせます。その厳しさは半端ではありませんでした。額に汗をかくというのは普通ですが、ヒザから汗がふき出てきたのは、後にも先にもその時だけです。しかし、この監督も単に厳しいというわけではありませんでした。余計な口出しをせずに見守るという点では少年時代の監督と同じでした。そして途中、雨が降ろうが、風が吹こうが、お構いなし。どんなにどしゃぶりになっても、やめさせようとはしません。監督自身がびしょぬれになりながら、やり終わるまでずっと見ているのです。当時は「何だよ!」と思っていましたが、指導者となった今、果たしてそこまで自分もできるのか、と考えると、やはり偉大な監督だったなと感じています。この2人を足して2で割ったような指導者が私の理想です。

 群馬のキャンプは3月1日からスタートします。開幕まで残り1カ月ですから、それまでの自主トレーニングできちんと体を作り上げていることを前提とし、キャンプでは初日からシートノックや投内練習など実戦的な練習をビシビシとやっていきたいと考えています。もちろん、選手はベテランも若手も、これまでの実績も全く関係なく、全員横一線で見ていきます。激しい競争の中、選手には這い上がってレギュラーの座をつかんで欲しいと思います。
 
新井潔(あらい・きよし)プロフィール>:群馬ダイヤモンドペガサスコーチ
1969年4月11日、群馬県出身。東京農業大二高、本田技研を経て、91年ドラフト4位でヤクルトに入団。96年オフ、横浜へトレード移籍。97年には自己最多の53試合に出場した。2000年オフ、トレードでオリックスへ。02年シーズン限りで現役を引退。翌年、Hondaのコーチに就任し、2年目の04年、都市対抗準優勝に貢献した。09年1月より群馬ダイヤモンドペガサスのベースボールアカデミックコーチとなる。今シーズンは同コーチを兼任しながらペガサスの野手コーチを務める。
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