「今年は大爆発するんじゃないかと、非常に期待しているんですよ」
 日本女子柔道界きってのスーパースター谷亮子の育ての親として知られる稲田明帝京大学女子柔道部監督が大きな期待を寄せている選手がいる。3年生の岡田晴菜だ。彼女は昨年6月に行なわれた全日本学生柔道優勝大会(5人制)の優勝メンバーの一人。初戦の徳山大学戦で次鋒を務め、見事一本勝ちを収めた。
「将来はオリンピック代表になれるくらいの素質をもっている」と稲田監督。名伯楽がイチオシする岡田晴菜とは――。
「よろしくお願いします……」
 インタビューは初めてという岡田。遠慮気味にちょこんとおじぎをするその姿からは、緊張している様子が手に取るようにわかった。愛らしい笑顔とゆったりとした口調が印象的な彼女は、とても勝負の世界に生きているとは思えなかった。しかし、畳の上での彼女の動きは、やはりアスリートそのもの。独特な組み手は彼女の勝利への執念でもある。

 岡田が開花したのは昨年のことだ。優勝大会を2カ月後に控えた4月22日、出場メンバーを決めるため、校内予選が行なわれた。試合に出場できるのは57キロ級以下3人、70キロ級以下3人、無差別級2人の計8人。ただし、57キロ級以下は全日本強化指定選手の松本薫が予選を免除されたため、残りは2枠となっていた。57キロ級以下の予選に出場したのは岡田を含めて10人。その中には彼女がこれまで一度も勝ったことのない選手もいた。予選前、岡田にメンバー2人に残れる自信はほとんどなかった。

 予選は総当り戦で行なわれた。まず朝6時に出場者全員が計量する。少しでもオーバーすれば、その時点で失格となる。普段、体重の変動がそれほどない岡田は、その日もほぼベスト体重でパスをした。緊張はしていたが、調子は悪くはなかった。いざ試合をしても、自分の体がキレていることを感じていた岡田は、次々と勝ち星を重ねていった。そして、残る対戦相手は一人となった。それまでの成績は7勝1敗1分。岡田は負けさえしなければ、自分が代表の座を獲得できることがわかっていた。最後の相手は一つ下の階級の同級生。岡田の予想ではその彼女が代表になるだろうと思われていた選手の一人だった。結果は引き分け。それは稲田監督が惚れ込む“粘り”の賜物だった。

 悲願の日本一

 5月、帝京大学は東京大会で見事優勝し、東京代表の座を獲得。その1カ月後、悲願の日本一を目指し、優勝大会に挑んだ。初戦の相手は中四国代表の徳山大学。試合直前、稲田監督から出場メンバーが告げられた。
「先鋒は松本!」
「えぇ!! 緊張する! やだよ〜」
 そう言って、チームメイトの笑いを誘う松本。張り詰めた空気が一変し、和やかなムードが漂う。そして稲田監督は続けた。
「次峰は岡田!」
「はい」
 落ち着き払ったその返事に、稲田監督が鋭い目を向けながら深くうなづいた。
「おそらく初戦でいくのかな、という予想はしていたので、名前を呼ばれても全く驚きはありませんでした」
 岡田はしっかりと心の準備をしていた。

 試合は5人全員が一本勝ちの完勝だった。岡田も三角締めを極めて一本を取った。しかし、試合内容には納得していないという。
「結果的には一本は取れましたが、ちょっとモタモタしてしまいました。もっと早く勝負を決められた試合だったんです。稲田先生からも『技の出が遅い』と言われてしまいました……」
 相手の出方を見てしまい、後手に回るケースが多いという岡田。これが彼女の最大の課題となっている。

 ともあれ、初戦を快勝した帝京大学は2回戦で大阪体育大学(関西代表)、準々決勝で立命館大学(同)に勝利すると、準決勝では前年覇者の山梨学院大学(関東代表)を1−0でなんとか破り、決勝進出を果たした。もう一方の山から勝ち上がってきたのは、同じ東京代表の東海大学。奇しくも1カ月前の東京大会と同じ顔合わせとなった。

 2回戦から応援にまわった岡田は、チームメイトと共に必死になって声援を送った。どちらも一歩も譲らない攻防戦となり、副将まで終えた時点で1勝1敗2分。ただし帝京大の1勝は先鋒の松本が合わせ技で一本を決めたのに対し、東海大は指導2つによる有効勝ち。そのため、主将は負けさえしなければ帝京大の勝利だった。果たして、無差別級同士の戦いはどちらも決定打を与えられず、引き分けに。この瞬間、帝京大の優勝が決まった。稲田監督とともにすぐ側で固唾を飲んで見守っていた代表の選手たちは、互いに肩を組んで喜びをわかちあった。そんな中、岡田はただ一人、両手で口元を覆い、茫然と立ちすくんでいた。

「決勝は見ていて、本当に緊張した試合で、優勝した瞬間はすごく嬉しかったです。それと、優勝したメンバーに自分が入れたことが、なんだかすごいことだなって……」
 その時、岡田の脳裏には2年間悩み苦しんだ日々がよぎっていたのかもしれない――。
(第2回につづく)

岡田晴菜(おかだ・はるな)プロフィール>
1988年4月9日、愛媛県生まれ。小学5年から柔道を始める。中学3年時には全国中学総体に出場。宇和島東高3年時には全日本ジュニア大会に出場した。2007年、帝京大学へ進学。1年春の合宿中に右ヒザ前十字靭帯を損傷し、2年間を棒に振った。昨年は全日本学生柔道優勝大会にメンバーの一人として出場し、優勝に貢献した。

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(斎藤寿子)
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