5月1日にラスベガスで行なわれたフロイド・メイウェザー対シェーン・モズリーの一戦(ウェルター級12回戦)は、結局はメイウェザーの圧勝に終わった。
 戦前は接戦が予想されたが、フタを開けてみれば完全なワンサイド。3人のジャッジがそれぞれ大差(119−109が2人、118−110が1人)をつけるメイウェザーの独壇場だった。
(写真:メイウェザーがモズリー戦でみせたパフォーマンスは驚異的だった)
 ただ、ドラマがなかったわけではない。
 迎えた第2ラウンド、モズリーの強烈な右ストレートを直撃されて、メイウェザーが瞬間的に腰を落としかけた。その後に必死でクリンチを繰り返したこと、試合後のインタヴューでも本人はパンチが効いていたのを否定しなかったことからも、少なからずダメージを受けたことは明らかだった。

「メイウェザーの心身両面のタフネスが試される時間が必ず訪れる」
 この一戦の前、筆者はそう語り続けた。そして実際に訪れた、メイウェザーにとってキャリア初めてのピンチ。会場の片隅で試合を眺めながら、「ついに“真実の瞬間”がやってきた」と思わず手に汗を握ったものである。

 しかしその後、苦境に立たされたメイウェザーが示した危機回避&アジャストメント能力はあまりにも見事だった。
 まずは必死に相手にしがみついて最悪の事態を逃れると、続くラウンドからは逆に前に出た。モズリーにプレッシャーをかけることでその勢いを止め、王者らしくアグレッシブに反撃。同時に相手のオフェンスを完全に見切り、以降は左右を意のままにヒットして楽々とポイントを稼いでいった。

「マスターピース(絶品)」
 試合後、多くの在米メディアはメイウェザーのボクシングに対し、そんな言葉をプレゼントした。
「ウェルター級では真の強豪と対戦していない」と言われ続けた無敗王者だが、今後はそんな批判の声も鳴り止むはず。38歳になったとはいえ、未だ全盛期に近い力を保ち(少なくとも戦前はそう言われた)、将来の殿堂入りも確実なモズリーを完璧にシャットアウトしたのだから、今回ばかりは、どんな賞讃にも値するというものだろう。
(写真:モズリーも試合後には悪びれずに完敗を認めている)

 こうしてメイウェザーの底知れない強さばかりが目立ち、今年度上半期最大のビッグマッチは終了。3月にマニー・パッキャオがジョシュア・クロッティを大差判定で下したのに続き、この2カ月弱の間に2人の現役最強ボクサーが期待通りに「準決勝」を勝ち抜いた。そうなると自然のなりゆきとして、興味は「ファイナルがいつ、どこで実現するか」に移ることになる。
 ウェルター級周辺を見渡しても、この2強にぶつけて一般の興味を集められるほどの選手はもうほとんど存在せず、メイウェザー対パッキャオはいわば「最大にして最後」の黄金カード。ここまでくれば、もはや「ドリームマッチ」などではなく、むしろ「絶対に実現させねばならない必須ファイト」だと言ってよい。

 ただ、だからといってすんなりと世間が望む大試合がまとまるわけではないのがボクシングビジネスのもどかしいところだ。両者は3月に対決寸前まで行きながら、薬物検査の方法を巡って紛糾。五輪スタイルの厳しい血液検査を望むメイウェザー側と、試合直前に血は抜きたくないと主張するパッキャオ側とが対立し、結局は交渉決裂したという経緯がある。

 そしてメイウェザーはモズリー戦後にも「いつでもパッキャオと戦うよ。こちらの望む検査さえ受けてくれればね」と語り、薬物検査に関しては依然として一歩も譲らない姿勢を強調している。
 さらに第3の実力者と目されたモズリーに圧勝し、ビジネス面でも莫大な数字を叩きだしたメイウェザーが、パッキャオ戦でももう50−50の報酬では納得しない可能性も高い(3月の交渉時には五分の条件を呑んだとされる)。一方でパッキャオの方は現在は政界進出が当面の目標で、フィリピン下院選挙が間近に迫っているという事情もある。このように様々な意味で越えねばならないハードルは多く、ボクシングファンがもうしばらくお預けを喰らうことになっても、まったく不思議はないだろう。
(写真:ラスベガスの試合会場には「マネー!(メイウェザー)」の大コールが響き渡った)

 ただポジティブなニュースは、メイウェザー対モズリー戦の直後、パッキャオが「ファイトの2週間前までなら血液検査を受けてもよい」と自身の公式ウェブサイトに記したこと。薬物検査に対して軟化の姿勢を示したと考えられ、これで交渉成立に希望が出てきたと見る向きは多い。
 実際に、フライ級からウェルター級までを制したパッキャオの神懸かり的な快進撃の影に、ステロイド系の薬物使用があると疑う声は消えない。特にモズリーがメイウェザーのドーピング検査要求を快く呑んで試合に臨んだ後だけに、このまま拒否を続ければパッキャオの体面はさらに悪くなる。

 もしも再び薬物検査が原因で対戦交渉がこじれたとしたら、失うものが大きいのはパッキャオの方。だとすれば、今後はフィリピンの怪物が歩み寄り、「ボクシング界のスーパーボウル」は実現の方向に向かうのか……?
(写真:パッキャオがの血液検査を受け入れるかどうかが争点)

 この連載コラムでも、もう何度となくこの黄金カードの動向について記してきた。それだけの魅力と価値のあるマッチアップなのだが、しかし両陣営の煮え切らない態度(&筆者のレポート)にそろそろうんざりしている人も多いはず。なので余程のことがない限り、試合が正式決定するまで、もうメイウェザー対パッキャオ戦に関して語るのは止めにしようと考えている。

 願わくば、近いうちに試合決定を伝え、そして内容の予想まで展開できることを――。世界の誰もが、「ファイナル」の実現を待望している。2人が揃ってリングに立ったとき、現代のボクシング界は1つのピークを迎えるに違いないのだから。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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