イースタン・カンファレンス・セミファイナルでセルティックスにまさかの敗北を喫し、キャブズとレブロン・ジェームスの2009〜10年シーズンは終わった。
 シーズン中はNBAのベストレコード(61勝)を勝ち取り、プレーオフ開始前は優勝候補の筆頭に挙げられながら、昨季に続いて志半ばでの失速。順風満帆で進んできたキング・ジェームスのキャリアに、ここでほとんど初めてと言ってよい大きな影が差し込んだ感がある。
(写真:レブロンの視線の向こうにはどのチームが映っているのか)
 そしてこの微妙なタイミングで、レブロンは非常に難しい選択の時を迎える。今季で契約切れのレブロンは、7月1日にFA権を得るのだ。
 たった1人でフランチャイズの雰囲気を変えるほどの影響力を誇るスーパースターを巡り、全米的な争奪戦が勃発することは確実。2年連続シーズンMVPの怪物は、いったいどのチームを選ぶのか。そして2年続けてキャブズが期待外れの敗北を喫したことは、「レブロンの夏」にどんな影響を及ぼすのだろうか。
 個人的な考えを述べれば、レブロンはほぼ間違いなくキャブズに残留すると考えていた。クリーブランドから車で45分のアクロンという小さな街で生まれ育ったレブロンは、文字通りのホームタウンヒーロー。現時点で知事に立候補してもダントツ当選すると言われるほどの、圧倒的な地元人気を誇る。

 本人も過去に出版した自伝や公開された映画の中で、故郷への愛着を熱心に強調している。ここ2年、MVPの授賞式をアクロンの高校で行なったことなどは、その象徴的なエピソードと言ってよい。
 そんな男が、地元チームを一度もNBAの頂点に導かないままオハイオ州をどうやって去れるものか? たとえ今季、ファイナルを制覇していたとして、盛大な優勝パレードを行なった直後にサヨナラなど言えるものか?
(写真:自伝内でもレブロンは地元への愛を盛んに語っている)

 ビジネスマンの要素も色濃く持つレブロンは、いつか必ずニューヨークのような大都市に来るはず。だがまだ25歳の彼にとって、それは今年ではない。
 キャブズと3〜5年契約を延長し、少なくとも1、2度は優勝を経験する。地元でやることはすべてやり遂げ、クリーブランダーの理解も得て、次の契約更新時に新天地に羽ばたく。そんなシナリオを筆者は予期していたのである。

 ただ……今年のプレーオフを見ていて、その考えがかなりぐらついたのは事実だ。前述通り、キャブズは圧倒的に有利と言われたシリーズでセルティックスに完敗。NBAでいつの間にか、もう7年を過ごしたレブロンだが、未だに「無冠の帝王」の呼称を返上できていない。
 レブロン引き止めに必死のキャブズフロントも、ここ1〜2年は懸命にチーム強化を行なってきた。それでも獲得できたサポート役は、シャキール・オニール、アントワン・ジェイミソン、モー・ウィリアムスといったあたりが精一杯。彼らのうち誰も、プレーオフでは存在感を発揮できなかった。

 そしてセルティックスとのシリーズ第5、6戦中、レブロンのプレー時の態度は少々奇妙だった。負けず嫌いのはずの怪物が、醸し出していたのは意外な諦めムード。まるで敗北を受け入れたようなオーラを発していたという見方に、現場にいた多くの人間が同意している。
 その背後にキャブズへの不信感、未来への断念があったのかどうかは知る由もない。だがそう疑われても仕方のない流れを辿っていたことは事実。そしてそのシリーズ終了後、レブロンはこう語っている。
「とにかく勝ちたい。俺が考えているのはそれだけだ。キャブズがそのために全力を尽くしているのは分かっているが、他の選択肢も考慮してみたい」

 果たして、キャブズの敗北直後から、レブロンの行き先を巡って尋常ではないほどの報道合戦が米国内で始まっている。
 今のところ、デリック・ローズ、ジョアキム・ノアといった若き好選手を擁するブルズ、世界の首都・ニューヨークに拠点を置くことの付加価値を強調できるニックス、スーパースターのドウェイン・ウェイドと同僚になるチャンスを提供できそうなヒート、などが「レブロン強奪」の有力候補との声が強い。
(写真:マディソンスクウェア・ガーデン(ニックスのフランチャイズ)も魅力的な目的地の1つ)

 さらに名物オーナーのマーク・キューバンが率いる資金豊富なマーベリックス、ナイキのお膝元のポートランドに本拠地を構えるブレイザーズ、新たにロシア人の大富豪に買収されたネッツらにもチャンスはあるとされる。
 加えてレイカーズ、クリッパーズ絡みの噂まで囁かれ、実際にここまでまったく名前が挙がらないチームの方が少ないくらい。この混沌ぶりは、正式に契約が締結される夏場まで延々と続きそうな気配である。

 それでも依然として、個人的にはやはりキャブズこそがレブロンの落ち着き先候補の1番手という考えは変わっていない。
 NBAの契約ルール上、キャブズは他チームより多くの年俸を彼にオファーできる。そして何より、今プレーオフの第2ラウンドではレブロン自身のプレーにも冴えがなく、それが敗戦の原因の1つともなった。そんな思い出を地元民の心に残したまま、プライドの高いレブロンがホームタウンのオハイオ州を去って行くとはどうしても思えないのだ。
(写真:ドウェイン・ウェイドとのスーパーデュオも実現性は低いか)

 だがその一方で、セルティックスのケビン・ガーネット(ティンバーウルブズで11年を過ごした後、ボストンに移籍1年目で優勝を経験)が贈ったこんな言葉に、レブロンが心を動かされても驚くべきではないという想いもある。
「忠誠心というのは時にマイナスに働いてしまう。誰も若さを取り戻すことはできないからね。自身の過去を正直に振り返って、もっと早く移籍すれば良かったという風に感じているよ」

 かつてレブロン本人が語ったように、彼が本当に「世界で最も有名なアスリート」になりたいのだとすれば、これ以上は時間を無駄にはできない。
 NBAファイナルを複数回に渡って勝つために、当然のことだが、今オフの選択は極めて重要な意味を持つ。そしてここでどのチームを選ぶかは、レブロンという人間が真に求めるものを分かり易く表現するような気もする。

 彼のプライオリティは、大都市の魅力か、故郷への忠誠心か。支えになる著名なコーチやチームメートの存在か、あるいはロースター全体の力強さか。そのチョイス次第で、NBAの勢力地図、未来予想図は変わり得る。
 結末を読むのは、現時点では難しい。とりあえずすでにはっきりしているのは、今オフがこのリーグにとって大きなターニングポイントとなるということだけ。
 もしかしたら今年のNBAファイナル以上にスリリングな展開になりそうな予感の中で、「レブロンの夏」開始まで、もうあとわずかである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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