夏の風物詩、高校野球では今年も連日熱戦が繰り広げられました。例年以上の酷暑に見舞われたにもかかわらず、投手陣が四球などで大きく崩れたりすることが少なく、「よく下半身が鍛えられているな」という印象を受けました。また、これは毎年思うことですが、ピンチにも動じず、淡々とした表情で投げるピッチャーが増えてきました。メンタル面でも非常によく鍛えられている証拠でしょう。
 さて、今年は好投手が多く、投手力のあるチームが勝ち上がった大会でした。特に4強入りしたチームの投手は現在の高校球界を代表とするピッチャーばかりで、高校野球ファンを楽しませてくれました。なかでも最大の注目は興南高の島袋洋奨投手。全6試合をほぼ一人で投げ抜いたわけですが、初戦から優勝が決まる最後の打者を打ち取るまで、実に落ち着いた表情で自分のピッチングをしていました。春の優勝経験が彼の自信を深めたのでしょう。自分自身が投げるボールを信頼して、腕がしっかりと振れていました。

 島袋投手といえば、“トルネード投法”ですね。打者にとっては球の出どころがわかりにくく、しかも初速と終速があまり変わらないので、ボールに勢いがあります。もちろん、このフォームは誰でもできるわけではありません。下半身、とりわけ内転筋が強くなければ、あの腰の回転に踏ん張ることはできませんし、体幹が鍛えられていないとバランスを保つことができません。彼はキレやスピードだけでなく、コントロールもよく、非常に安定したピッチングをしていました。これは鍛えられるべきところが鍛えられているからこそ。いかに彼が努力してきたかがわかります。

 今後の課題としてはまだトップの位置が高いので、もう少しリリースポイントを前にもってくれば、よりキレが増してくるのではないかと思います。また、高めのストレートにも角度がつけられると、彼のピッチングはさらに凄味を帯びてくることでしょう。いずれにせよ、今後が非常に楽しみな投手です。

 準優勝した東海大相模の一二三慎太投手も5試合全てに先発し、力投しました。最後の決勝戦は3日連続での登板ということもあり、疲労がピークに達して本来の力を発揮することができませんでした。しかし選抜以降、オーバースローからサイドに転向して間もなかったにもかかわらず、やはり球に力はありましたね。コントロールに苦しむ場面もありましたが、逆に荒れ球だったことが打者に的を絞らせず、よかったのかもしれません。

 ただ、サイドに転向してから日が浅いということもあり、完成度という点では他の投手と比べても低かったように思います。特に変化球はもう少しキレが欲しいですね。とはいえ、184センチという上背でサイドスロー、しかも140キロ台後半のボールを投げられるピッチャーはなかなかいません。それこそ、林昌勇(東京ヤクルト)のようなピッチャーに成長すれば、非常に魅力的ですね。しかし、彼はバッターとしても非凡な才能の持ち主。高校球界ではトップクラスです。それこそプロのスピードについていけるようにさえなれば、プロでも十分に活躍できると思います。ピッチャーとして、今後どのようなスタイルを選択するのかということにも関心はありますが、それ以上にバッターとしての彼を見てみたいという気持ちもあります。

「唐川2世」と前評判の高かった成田高の中川諒投手も非常にいいピッチングをしていましたね。彼のいいところはストレートでも変化球でもストライクが取れるところです。甲子園でも安定感抜群でした。しかし、逆に言えば、どの球種でもストライクが取れるかわりに、「これだけは自信がある」という武器がない。つまり器用貧乏になっているのです。プロで活躍しているピッチャーには必ず得意球があります。中川投手もそれを磨いていってほしいですね。伸びしろはまだまだ十分にあります。体力をつけることで、スピードもキレも増してくることでしょう。今後、どれだけ成長できるかに注目したいですね。

 私が今大会で最も落ち着いたピッチングをしていたと感じたのが、報徳学園高のサウスポー大西一成投手でした。彼はそれほどスピードはないものの、球持ちがいいのでボールに角度をつけることができるピッチャーです。準決勝の興南戦では打ち込まれてしまいましたが、それでも積極的にストライクを取りにいくスタイルは全く変えませんでした。その姿を見て、将来性を感じたピッチャーの一人でした。また、大西投手と並んで4強の立役者となったのが1年生ピッチャーの田村伊知郎投手でした。1年生ながら、あの大舞台であれだけ堂々としたピッチングをするというのは大したものです。アウトコースでしっかりとストライクをとれていましたし、精度やパワーが身についてくれば、さらにいいピッチャーに成長することでしょう。

 その他のピッチャーでは、初戦で姿を消してしまった広陵高の有原航平投手の評判が高いですね。周知の通り、187センチと上背があり、スピードも140キロ台後半を投げることができます。彼の高評価の要因は緩い球を投げることができるという点。おそらくチェンジアップだと思うのですが、非常に有効に使っていますね。ピッチャーというのは、緩い球を投げるというのは勇気がいるもの。しかも、あれだけの身長があるのですから、スピードにこだわるのが普通です。それを高校生の時から怖れずに緩いボールを投げることができているというのは今後が楽しみです。

 プロ志望届けを出す選手、大学に進学する選手、社会人チームに入る選手……と進路先はそれぞれ異なりますが、いずれにせよ将来的にはプロで活躍して欲しいと思います。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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