セ・パ両リーグともに優勝争い、そしてクライマックスシリーズ進出争いが激しくなってきていますね。いよいよこれからが正念場。どのチームも本当に必死です。その優勝争いの渦中にいる阪神に若き救世主が現れました。今年3月に高校を卒業したばかりの19歳、ルーキーの秋山拓巳です。デビュー戦の巨人戦には敗れたものの、現在自身4連勝中。しかも全て敗戦の翌日の試合というプレッシャーの中での勝ち星と、先発投手が不足している阪神にとっては貴重な存在となっています。
 私が秋山投手を初めて見たのは、彼が中学生の時でした。その時彼は既に身長180センチ以上あり、とにかく「大きい子だな」というのが第一印象でした。投げるボールも体の大きさそのままに力強さがあり、将来を楽しみにしていたものです。しかし、高校時代、甲子園で見た彼はなんだかフォームが小ぢんまりしてしまっていて、威圧感が消えてしまったようでした。ステップ幅が広く、全身を大きく使って投げていたのが、上半身だけで力任せに投げているという印象だったのです。

 プロ入り後、ファームで好調だという話は耳にしていました。もともと150キロのボールを投げる剛腕でしたから、高校時代同様に力で押さえるピッチングをしているのかなと思っていました。しかし、一軍に上がってきた彼をひと目見て、驚きました。単に力任せではなく、きちんとピッチングパターンを構築していたのです。その後の活躍は周知の通りです。もともと年齢の割には落ち着いた性格でしたので、マウンドで緊張して力を出せないということはないだろうとは思っていましたが、ここまでの活躍はさすがに予想していませんでした。驚きとともに、感動さえ覚えています。

 ファームでは体を絞り、下半身もしっかりと鍛えたのでしょう。左右のコントロールにブレがほとんどありません。また、高校時代よりもアウトローのボールがボール1個半ほども低く投げられるようになっています。球持ちがいいのも下半身が鍛えられている証拠です。

 また、フォームも改善されています。高校時代は、軸足の右足が後ろ側に傾いていたため、体重が後ろに残ってしまっていました。そうすると、パワーが後ろに残され、リリースポイントが高くなってしまうのです。しかし今は、軸足が真っすぐに立っていられるため、パワーが前に伝わりやすくなっています。そのために球持ちもよくなり、しっかりと腕が振れているのです。

 今後、期待するのは彼本来のピッチングである力勝負ですね。調子が悪いながらも結果を出した20日の巨人戦で見せたように、配球を駆使した粘りのピッチングは既にできています。しかし、これから一流の打者との勝負を重ねていけば、必ず“譲れない力勝負”という場面が出てきます。その時に調子が悪くても力で挑むことができるのか。これができれば、もうローテーション入りは確実です。

 とはいえ、高校時代は150キロの剛腕として知られていた秋山ですが、今は最高でも140キロ台半ばです。しかし、心配することはありません。これから体を鍛え、より下半身の力を伝えることができるようになれば、スピードも増してくるはずです。今は腕の振りよりもボールが遅れて出てくるため、打者は「1、2の3」ではなく、「1、2の、の3」という感じでタイミングが狂わされてしまいます。それが凡打の山を築けている要因です。しかし、これから対戦を重ねることによって、打者もタイミングを合わせてくるでしょう。そうなった時に必要なのが、やはりパワーなのです。ただし、彼はもともと肩が開きやすい。スピードを求めるあまり、肩が開いたり、ヒザが割れないように注意してほしいと思います。

 12日の東京ヤクルト戦では、わずか93球で無四球完封勝ちを収め、お茶の間の話題となりました。しかし、私は驚きませんでした。その前の試合の広島戦を生で観ていたのですが、その時には既に予兆があったのです。彼は0−2とボールカウントが悪くなっても、顔色一つ変えずに、淡々と自分のペースで投げていました。やみくもに投げるのではなく、投げながら修正ができていたのです。しかも、彼は新人らしからぬ独特の“間”をもっています。これを見た時に、改めて「すごい投手だな」と感じたのです。ですから、無四球完封という結果を聞いても「ああいうピッチングができる彼ならやるだろうな」と思ったのです。

 さて今後は優勝争いが激しくなり、ますます緊迫したゲームが増えてきます。20日の巨人戦、序盤はボールが浮き、制球に苦しんだ秋山ですが、少しずつ疲労が蓄積しているはずです。また、今はいい流れでピッチングができていますが、今後は悪い流れの時が必ずやってきます。人生と一緒で、いい流れよりも悪い流れの時の方が多いくらいです。しかし、失敗をして当然なのですから、慌てて何かを変えようとしたりせず、今ある力を出し切ることが重要です。その結果として課題はオフに考えればいいのです。今、これだけのピッチングができているのですから、自分を信じて投げ続けてほしと思います。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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