「ミスター・オクトーバー」といえばヤンキースなどで活躍したレジー・ジャクソンの代名詞だ。アスレチックス時代の73年とヤンキース時代の77年、2度ワールドシリーズMVPに輝いている。
 とりわけ印象に深いのが77年のドジャースとのシリーズだ。世界一を決めた第6戦、ヤンキースタジアムで3打席連続ホームランを放ちニューヨーカーを狂喜乱舞させた。
 日本における「ミスター・オクトーバー」といえば、もちろん長嶋茂雄だ。日本シリーズMVP4回。かつてシリーズのMVPにはトヨタの高級車が贈られた。ミスターはいつも車のボンネットに腰をかけ笑顔で写真撮影に応じていた記憶がある。

 しかし本人によると、野球選手冥利に尽きるのは10月よりも、むしろ9月なのだそうだ。先月上梓した『野球へのラブレター』(文春新書)で、こう述べている。<野球選手にとって9月は特別な月だ。勝ち組と負け組とをくっきり分けるペナントレースの総決算の月。選手時代のぼくは、いつも9月になるとチャンスの場面で打席が回ってきたときのように、テンションが高くなり「さあ来ました、勝負の月、いらっしゃい、いらっしゃい」と、張り切ったものだった>

 ミスターは9月を「よくぞ選手に生まれけり」との充実感に包まれる月だと、その重要性を独特の言い回しで表現している。飛躍して言えば、プロ野球人の本懐は「ミスター・セプテンバー」ということか。

 ところで、なぜ日本人はかくもプロ野球が好きなのか。それは農耕民族である日本人の季節感によるものだと私は考える。プロ野球は春浅い2月にキャンプインする。稲作でいえば田起こしだ。
 春になれば田植えが始まる。これは開幕だ。稲が育つと夏祭り。プロ野球では“球宴”にあたる。

 台風が過ぎれば、たくましい稲穂が残る。ペナントレース最終盤からポストシーズンゲームへと至る“実りの秋”という名の収穫祭。選ばれた選手のみがみこしを担ぐ。
 今年の収穫祭は例年になくにぎやかだ。9月を制するキーワード、それは「いらっしゃい、いらっしゃい」である。ミスター語録は、どれも味わい深い。

<この原稿は10年9月22日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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