大宮アルディージャで迎える6年目の今シーズン、藤本は大きな決断を迫られた。3月20日、第3節の鹿島アントラーズ戦で左足ヒザを負傷し途中交代。これまで大きなケガとは無縁だった藤本にとって、初めての長期離脱を余儀なくされた。
「最初は手術をしないで治すことを考えたんですが、結局ダメでしたね」
 負傷から2カ月後に人生で初めてヒザにメスを入れた。結果は成功。直後にワールドカップ期間に入りJリーグは中断した。藤本はこの間に懸命のリハビリを経てリーグ再開となる第11節川崎フロンターレ戦で復帰を果たした。全治2カ月と診断を受けたものの、予定よりも大幅に早いカンバックとなった。
「大きな手術は初めてだったけれど、本当にメディカルスタッフのみんなのおかげで順調に復帰できたし、とても感謝しています」
 10シーズンは大宮にとって、厳しいシーズンとなっている。中位が団子状態になり、いつ、どのクラブがJ2降格圏の16位に落ちてもおかしくない状況だ。現在、大宮は勝ち点21で14位。16位のFC東京とは勝ち点6差。ほんの僅か上に位置するだけだ。

 とはいえ、藤本は現在の順位について一喜一憂していない。
「あまり順位は見ないし、勝ち点も気にしないんです。意識し過ぎてもいいことはないので。ただ、周りの人はどこのポジションにいるのかをすごく気にしていますよね。メディアもそうですし、サポーターの方も。そういう人たちを安心させられるところまでは、早く行きたいという気持ちは強いです」

 大宮が毎年のように残留争いをしていることについては「正直、しんどいですよ」と語りながら、クラブの状況を冷静に分析している。
「いつも思っていることだけれど、クラブを大きく変えることは難しいから、常に少しずつでも進んでいかなきゃいけない。ただ、今までどんな選手が来ても、大宮のメンタルの弱さ……、たとえば連勝できなかったり、負け慣れている部分だったり。そこを“勝ち慣れているクラブ”に変わることができないものか、と考えています。

 今年は途中から(イ・)チョンスが入ってきて、イ・ホも来た。クラブの中で競争が激しくなっているから、全体的にいい方向に向かい始めていますよね。(監督の鈴木)淳さんが来てくれたことも、とても大きい。今年はクラブにとって、大きな岐路に立っている年だと感じています。このまま残留を争うクラブのままか、ワンランク上のクラブになるか。もちろん、上を目指していきたいですね」

 アンチ浦和が身に沁み付いている

 大宮が上位に浮上するにあたり、どうしても避けて通れない相手がいる。同じ埼玉県さいたま市を本拠地とする浦和レッズだ。J1でも屈指の盛り上がりを見せる“さいたまダービー”で負けるわけにはいかない。これまで4クラブに所属した藤本も、ダービーマッチは大宮で初めて体験した。今季、すでに行われた第16節のさいたまダービーでは1対0で大宮が勝利している。これまでJ1で行われてきたさいたまダービーは4勝4敗3分けと全くの五分。相手はクラブW杯で3位になったこともあるJを代表するクラブだけに、大宮の健闘が目立っている。

「やはりさいたまダービーは特別やね。ここに6年もいれば、自然とアンチ浦和になる。浦和区には絶対に住めないし、食事もなるべく大宮区で取るようにしています(笑)。でもね、僕ら選手よりもきっとサポーターの人たちの方が、負けたくないという気持ちは数倍強いはずです。だからこそ、そういう人たちがダービーマッチが終わって胸を張ってスタジアムから帰ることができるように、俺らができる一番のプレゼントは勝利だと思うので、そこはこだわっていきたいですね」

 10月2日にも埼玉スタジアム2002で今年2度目の埼玉ダービーが行なわれる。オレンジと赤に染まるスタジアムは、毎回素晴らしい雰囲気が作られる。だからこそ、両クラブにとって負けられない試合になるのだ。

「自分にとって、大宮は特別なクラブ」。藤本はそう語る。
「今までのクラブの中で最も長く在籍しているし、できることならここでキャリアを終えられればいいなと思います。そのくらい愛着があるし、2年後には新しい練習場もできるという話ですから、できるだけ長く続けていきたいですね。やっぱり、このチームを優勝争いに食い込むような常勝チームにしたいという気持ちが強い。それまでは現役でがんばってクラブの先頭に立っていきたいですね」

 カッコいい父ちゃんの姿を見せたい

 藤本ができるだけ長く現役を続けたい理由は他にもある。それは家族の存在だ。
「子供たちが自分のことを“すごい親父やな”と感じられるまでは、頑張りたいな、と。僕には親父がいなかったから、“父ちゃん、カッコええやろ”という姿を見せたいという思いが強い。それまではやっていかないとね。Jリーグ通算ゴールも50まであと3つだし、400試合出場も目の前まで来ているから。メモリアルな部分も大切にしたいし、出場することでクラブを勝利に持っていけたらいいですね」

 藤本は現在、J通算349(鹿島戦含むと350)試合に出場し歴代20位(鹿島戦含むと19位)の記録となっている。33歳を迎える今季も、全くプレーに衰えは感じられない。オレンジのユニフォームを纏った“背番号11”はキャプテンマークを巻きながら、今も必死にボールを追いかけている。絶対に負けられない試合、さいたまダービーを控え、アルディージャのキャプテンは虎視眈々と“赤い悪魔”の急所を狙っているに違いない。

(おわり)
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<藤本主税(ふじもと・ちから)プロフィール>
1977年10月31日、山口県生まれ。2歳で徳島県鳴門市に移り、小学2年時からサッカーを始める。鳴門第二中学から徳島市立高校へ進学し数多くの大会で活躍し、注目を集める存在となる。96年、アビスパ福岡に入団。3年目にはリーグ戦30試合出場6ゴールと主力として活躍。99年にサンフレッチェ広島へ移籍し、同年天皇杯ではクラブを準優勝へ導く。その後名古屋グランパス、ヴィッセル神戸を経て05年に大宮アルディージャへ移籍。J1昇格を果たしたばかりのクラブを中盤で支え続け、07年からは主将を務める。また、中学3年時から各年代の日本代表に選ばれ、01年7月1日パラグアイ戦でフル代表デビューし国際Aマッチ2試合に出場。Jリーグ通算347試合出場44ゴール(10年8月31日現在)。168センチ、68キロ。




(大山暁生)
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